Neetel Inside 文芸新都
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そのひと 三

 私はそのひとを忘れ去り、
熱帯の森に魂の起源を持った。

そこは樹海の奥底、
青や赤の原色の花々が咲き果実を実らせ、
濃い影を落とす葉むら、
空を覆いひかりの柱を落としかける
遥かな古代樹のなかに棲んでいた。

思考は歌に埋もれ、どんな気持ちの変化もなくなり、
土と草花の汁と虫の死骸にまみれ、
ただただ、満ち足りていた。

熱帯の森は、夜になるとガラスのような青と碧に
発光し、樹木は皆、機械の基板の柱となった。
この基板はすべて、生命を持っていた。

宝石の虫と、やはり宝石の原石の身体を持つ
宙を泳ぐ魚が、夜の森を支配した。
私は、静まりかえった水の中で眠った。

やがて、
私は誰かに向かって手を伸ばし始めた。

無心で手を掲げ続けるうち、
私からは無数の人間の手のようなものが生えた。

それは、熱帯の森を覆い尽くした。
無心で抱き込むうちに、手も、森も消えていった。


いつしか、夜明けとも夕暮れともつかないほの暗い空と、
暗い水平線だけが広がっていた。

私は、長いこと海を見ていたが、やがて歩き始めた。
熱帯の風が、螺旋状に、上空へ吹き抜けていった。

       

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