海の縁 三
影の子どもは、自らにわずかに刷り込まれた
夫婦との縁をたどって、彼らの家へたどり着いた。
夏の暑い正午頃だった。
竹藪から、草むらの少し開けたところに井戸があって、
子どもが一人、そこで水を汲んでいた。
気配が、似ていた。
自分ともかすかに近しい。
あの夫婦の子だと分かった。
影は音もなく近寄って、
ひたと、止まった。
ふいに振り返ったのは、つややかな黒い髪と
澄んだ目の、可愛らしい少女だった。
跡取りを、男児をと望まれた影の子は、
男児と生まれた自分とこの少女の魂との
違いに、陽炎のように揺れ動いた。
しかも、この凛としたまなざしの少女は、じっと影を見つめている。
見えているのだ。
睨むのでもなく、微笑むのでもなく。
顔もないはずの影は、ああ、自分と似た顔だ、と思った。
それからというもの、影は少女から
つかず離れずの距離を保って、彼女のそばにいるようになった。
少女は大して気にするようすもなく暮らしていたが、
時折振り返っては自分を見つめる影の姿を探すのだった。
これを知ったかの祭神は、人と人ならざるものの
通じるのをよしとせず、影に彼岸へ還るよう命じた。
影は、揺れ動きさえしなかったが、
祭神にただ一言だけことばを言った。
正確には、口がないので、それを念じた。