Neetel Inside ニートノベル
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第七話

「今日ってカシマ休みなのかな?」
 昼、学食のいつもの席に座った俺は、目の前にいるタローに聞いた。席についているのはタローと俺の二人。リナも、カシマもいない。リナは、今日は友達と別の席で食べている。カシマは……、今朝から姿が見えないので気になっていたが、昼には現れるだろうと大して気にしていなかった。仲が良いからといって、別に四六時中一緒にいるわけでは無い。
「カシマ? 誰?」
 タローが顔も上げずに言った。
「誰、って……。カシマだよ」
「何組のやつ?」
 ふざけているのだろうか。
「2組の、俺達の幼なじみの、カシマだよ」
「ごめん、ちょっと食事中にコントはのれないわ」
「コントって何だよ」
「は?」
 弁当を食う手を止め、タローがこちらを向いた。
「今朝から姿が見えないから、休みかなってだけの話だよ」
「だから、誰がよ」
「カシマ」
「……ちょっと言ってる意味がわかんないんだけど。何、新しいボケなの?」
 話がかみ合わない。
「……もう良いわ」
 仕方が無いのでスマホを取り出す。休みか何か知らないが、ラインの返事くらいは出来るだろう。
「……あれ?」
 カシマの連絡先が、スマホから綺麗に消えていた。
「どうなってんだ?」
「大丈夫? 五月病?」
「違うよ。カシマのアドレスが消えてんだよ」
「だからさあ。さっきからカシマカシマって、誰なんだよソイツ」
「……本気で言ってんのか?」
「本気も何もなくね?」
 どういう事だろうか。俺の知らないところで、ケンカでもしたのだろうか? しかし、アドレスが消えているのは何故だろうか。故障か、俺に気付かれないようにこっそり誰かが消したのか。タローが? いや、今日はずっとスマホはポケットの中に入れたままだった。勝手に消す隙など無かったはずだ。
「で? カシマって誰なのよ?」
 タローが若干いらついた様子で言った。いらついているのは、俺の方だ。
「……もう良いよ」
 これ以上、タローとは話したく無かった。こんな悪い冗談には付き合いたくない。

「え? カシマ?」
 食事を終えた俺は、タローを食堂に残して2年2組の教室へと向かった。タローに聞いても埒があかない。クラスメイトに聞くのが一番手っ取り早い。
 しかし、返って来た返事は俺の予想を裏切るものだった。
「カシマなんて、このクラスにいないよ。クラス間違えて無い?」
「…………」
 俺は、絶句した。クラスぐるみでイジメでも始めたっていうのか?
 そうだ、リナに聞いてみよう。リナなら、こんな悪い冗談は言わないだろう。
「リナ」
 都合良く、うちの教室に帰って来たリナの姿が見えた。慌てて呼び止める。
「あ、ユキオ君。何?」
「今日、カシマ見なかった? 休んでるみたいなんだけど、2組のヤツも知らないって言うんだよ」
「カシマ……?」
「そう、カシマ……」
「ごめん、知らない」
「そ、そっか」
「ごめんね。2組の人なの?」
「……うん」
「2組にカシマ君……、あ、男子だよね? そんな人いたっけ?」
「……もう良いよ。ありがと」
「あ、うん……」
 愕然とした気持ちで、俺は教室を背に歩き出した。昼休みはもうすぐ終わりだが、教室に戻る事が、何だか怖かった。
 あてもなく廊下を歩きながら、考えた。
 これは、一体どういう事なのだろうか。もしかしたら、俺の頭がおかしくなったのだろうか?
「……」
 少し考えて、母に電話をかけた。カシマとは幼なじみ。家族ぐるみの付き合いだ。母なら、きっとカシマの事を覚えているだろう。
「もしもし?」
 母はすぐに出た。
「あ、あのさ……」
 そこで、言葉に詰まった。もしここで「知らない」と答えられたら……。
「どうしたの? 忘れ物?」
 母の不審そうな声が聞こえた。
「……いや、ごめん、間違えてかけちゃったんだ」
「なんだ。びっくりするじゃない」
「ごめん」
「じゃ、勉強頑張って」
「うん」
 電話を切ると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。教室には帰りたく無かった。しかし、授業をサボる勇気も無かった。俺は今まで、学校をサボった事は一度も無い。そういう事が出来ない性分なのだ。
 深いため息を吐いて、踵を返した。
 自分の教室へと戻ると、何だか騒がしい。何人かが窓から体を乗り出して何か言っている。
「おい、あれなんだ?」
「どけよ。見えねえ」
「何だ? あのでかいやつ」
「俺にも見せろよ」
「あれ? いなくなった……」
 ……何の話しだろうか。
「あ、おい、ユキオどこ行ってたんだよ」
 他の男子に紛れて窓の外を見ていたタローが振り返って言ったが、先程の出来事が頭を過ぎり、思わず無視してしまった。
「今さ、校庭に変なやつがいたんだぜ」
「そうそう、何かでかい人形みたいのがさ」
 タローの隣のサカシタが、振り向いて補足した。
「……人形?」
「そう、何か不気味な感じの……ニン……ギョ……ウ……」

 その時、教室の真ん中に現れたものを見て、その場にいた全員が凍り付いた。

 叫び声を上げるものすらいない。

 音も無く、何の前触れも無く現れたそれは──、

「い……『イチナナサン』……」

 ──ゴキッ。

 刹那、静まり返った部屋の中に鈍い音が響いた。
 いつの間にか、『イチナナサン』は教室の隅に移動していた。
 そして、その足下には──、
 明らかに異常な角度に首を曲げ、床に倒れ込んだクラスメイトの──、
「死……」
「いやああああああああああああああああああああああああああ」
 さっきまで一緒に笑っていた、変わり果てた姿の友人を見て、幾人かの女子が叫び声を上げた。幾人かの男子も、吠えるような声を上げている。
 その声を聞いて、金縛りが解けたように、皆が一斉に教室の外めがけて走り出した。

 ──ゴキッ。

 ──ゴキッ。

 しかし『イチナナサン』はまるで俺達を閉じ込めるかのように、教室のドアを潜ろうとした者を片端から縊り殺していく。
 俺は、一歩も動けずにいた。視線は『イチナナサン』を視界から逃すまいと、神出鬼没に教室の中を移動するその姿を追いかける。当然まばたきは、出来るはずが無い。思い切り見開いた目は、徐々に水分を失ってひりついていく。後、どれくらい我慢出来るだろうか。
 タローは、リナは、無事だろうか?
 確認したかったが、不用意に眼球を動かすわけにはいかない。
 どうする。
 どうすれば、ここから逃げられる。
 今、視線の先で『イチナナサン』はただの彫像のように制止している。
 ……そうだ!
「みんな! 俺の作戦を聞いてくれ!」
 何人生き残っているかはわからないが、生き残っているもの全員でまばたきのタイミングをずらせば、きっと逃げる事が出来る。そうだ、俺は一人じゃ無い。皆で力を合わせれば……、皆で……。
「……みん、な?」
 ……おかしい。
 静か過ぎやしないか?
 誰の声も、息づかいさえも聞こえないじゃないか。
 そういえば、担任は来ないのか?
 昼休みは終わったのに……。
「おい! みんな!」
 もう一度、大きな声で呼びかけてみる。
 しかし、無反応。
 もしかして……。
「な、なあ」
 声が震える。乾いているせいだけで無く、涙が、滲む。
「おいってば……。みんなあ……」
 最新の注意を払いながら、視線を下げる。
 目の前の床には、無数に折り重なったクラスメイト達の死体。
 後ろは……、いや、ダメだ。『イチナナサン』を視界の外に出してはいけない。
 でも……、
「みんなあ……」
 堪えきれず、勢いよく振り向いた。
「う、うわあああああああああああ」
 そこには、死体以外、何も見えなかった。
 皆、死んでしまったのか?
 タローも、
 リナも、
 俺も、すぐに……。
 再度振り返り『イチナナサン』の方を向いた。
 しかし──、
(……いない)
 クラスのどこを見渡しても『イチナナサン』の姿は見えなかった。
 かわりに……、

「うわああああああああああ!」
「助け……」
「何だよこいつ!」
「誰かあああああ!」

 何処かのクラスから、絶望的な叫び声が聞こえて来た。

 それを聞いて俺の意識は、闇の中へと滑り落ちていった。

       

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