Neetel Inside 文芸新都
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 別に、死んだって、いいや。
 真にそう思うことが、人生でどれだけあるだろう。口ではいくら恨み辛みを語ってみても、他人の死を心から願い、享受することは、そう簡単ではないはずである。
 花見はこの時、本気でクラスの全員を殺してやろうと思った。
 自分以外の全員が死んでも、ひとかけらも悲しんだりしない自信があった。
 夜、ベッドで目をつむって思い返せば思わず顔がほころぶような、そんな思い出だって無いわけではない。二年生の時、運動会で手を差し伸べてくれたスポーツマン。三年生の時、学芸会で肩を並べて木琴を叩いたメンバー。そんな感傷的な思い出に流されるほど、花見の黒い感情は柔なものではなかった。
『イジメられた人間は、何をしても許される』
 怒っても。暴れても。人を、殺しても。
 考えうる限りの、何をしても。
 そう心から信じ、己の指針とする花見にとって、できないことなど何もなかった。
『じゃあやりなよ。今すぐ。ほら』
 そうは言っても、だ。そうは言っても、花見は今すぐ自分の手を汚そうというつもりもなかった。イジメっ子には死んで欲しい。殺してやりたい。でもできる限りリスクは避けたい。イジメられっ子である自分は何をしても許されるべきだが、馬鹿な大人や分からずやの警察は自分を悪者に仕立て上げるだろう。全員を殺した後でなら、まあそれも良い。だが、もし、たった一人や二人殺しただけで捕まったら? 自分は消え、クズ共はのうのうと生き延びる。それは絶対に許せない。腹立たしい。想像しただけで、悔しさに、胸が灼ける。
 給食の時間、六人一組の各班はいつものように机をくっつけあって歓談を楽しみつつ昼食を摂っていた。六つの机をぴたりと合わせるとまるで一つの大きなテーブルに六人が身を寄せているようで、皆楽しそうに笑みを浮かべている。だが例によって、花見を擁する第五班の形成する大テーブルは歪だ。それも、かなり露骨にである。花見を除く五人はきっちりと机を合わせているのに、花見の机だけが一歩外側へと外れているのである。くっきりと溝でもあるかのように綺麗に空けられた空間は、六人の関係性を端的に表している。その谷より深い溝を越えて言葉が交わされるようなことは決してなく、花見は、三十分間、ひたすら一人きりである。
 ふいに花見が、舐めるような視線を対角線の女へと飛ばした。
 やだ、こっち見てる、と、女は隣の男へと身を寄せた。きゃーきゃーと、黄色い悲鳴を上げている。
「お前も、殺してやる」
 花見は口の中で呟いた。
 独りきりの時間の中で、花見は給食のパンをランドセルの中のビニール袋へと放り込んだ。その動作は机の下で俊敏に行われ、気付いた者は誰もいない。花見はランドセルにパンを秘めたまま午後を過ごし、そして、放課後を迎えた。
 この日花見は、ちょっと遠回りをして通学路の外を歩いた。
 寄り道なんてしたことなかった、いつもと違う景色を眺めながら帰路を辿る。初めて見る居酒屋、見慣れない家並み、“例の道”の無い帰路。
 三キロほど歩いたところで、花見は足を止めた。河川敷である。
 地域で最も太い川が走り、整備もしっかりなされているこの河川敷には、バーベキューやアウトドアスポーツ目的で利用されるのはもちろんのこと、“別の目的”で利用する者も少なくなかった。
 傾斜のある階段を一段ずつゆっくりと降りる。
 大きな橋の下、影の深いポイントに立つ一つのビニールテントを見つけると、花見は単調な歩調で歩み寄った。
「おじさん」
 遠慮なしに、ビニールテントの切れ目を開く。
「このパン一つで、何してくれる?」
 驚きと、敵意。訝しげな視線を向けるホームレスに対し、花見は一切物怖じすることなく言った。

       

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