「蟲籠Ⅲ」   黒兎玖乃 作
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蟲籠シリーズ、早いもので第三作目です。
これこそ、黒兎先生のニノベ作品という印象。
独特な世界観、作家の個性を存分に味わえる作品ではないでしょうか。
シリーズの最後まで見守りたい作品です。
蟲籠Ⅱの最後までの感想は書いていません。
しかし完結後読了しています。
改めて蟲籠Ⅱの完結お疲れ様でした! 存分に楽しませてもらいました。
本作への期待、今後もどしどし込めていきたいところです。



■各話ごとの感想
零幕 四季野家
田舎の名家・四季野家は琴子の自宅。母の死に向き合う琴子の姉・四季野薫の決断とは。
暗い! 暗いはじまり! 人が死んでいる。
登場人物の目線から、ラノベ分野では重たい気配が漂う出だし。個人的にはこういうの好きです。
不慮の事故でもない限り、自覚する死は確かに人生の仕上げのように感じる部分があります。そういうことを現実でいえる人間は少ないように思いました。

壹幕 葬送と行方
田舎道で野辺送りを見ている静馬と火澄。
火澄さんの博識はどこからくるのでしょう。ぶれない彼女の理攻めは戦闘のときだけではなく、普段の静馬にも及ぶ。影の存在である彼女に振り回される静馬がことごとく面白いです。


火澄さんセリフ噛んでます
式次第→式自体

弐幕 名家の様相
琴子の自宅へ案内された静馬と火澄。その時初めて静馬は琴子が実は名家の子女であると知った。
庭園をいく火澄さんの安定した平常心に笑います。このかた作中でいつもひとり勝ち。小市民なありさまの静馬との対比、映像で思い浮かべるとなかなか面白い。火澄さんはやはりアルカイックスマイルでしょうか。

参幕 傍観者
先行到着していた瀬川との合流。今回の蟲使いとしての仕事話が始まる。
読み手にも謎かけをしてくるような気配が漂ってきました。
今回、瀬川さん登場が早い。クスッて笑ってしまいました。長らく蟲使いのアジトで日陰の存在だった琴子にも光が当たってきたことから、この物語俄然目が離せません。
ミステリー臭にワクワクなのか、琴子がらみでワクワクなのか、両方なのか自分でもよく分からない。

四幕 賓
夜、四季野家で眠れない静馬は言葉にできない緊張を胸中に抱えていた。
琴子の妹にあたる文音が怖いです! 
ぜんまい仕掛けの市松人形で、お茶持てきてくれて、そのお茶飲んだら毒が入っていて死んだ! みたいな殺人的な要素を含んでいます。台詞も怖い。
そこがまた笑えるところだったりしました。

五幕 夜、懊悩
静馬が床に就いた頃、瀬川もまた祇矢杜という土地の資料を漁っていた。納得のいかない気持ちを抱え困り果てる。
こんな怪しげな集落にいると荷物まとめてさっさと帰りたくなります。
瀬川さん早くも壁にぶち当たってます。年長者、いいのかそれで。冴えてないぞ。
がんばれがんばれ。年長者としての責務が今回こそ果たせるよう応援したい。

六幕 葬儀の朝
いよいよ琴子の母・四季野君江の葬儀の朝がやってくるも、静馬と瀬川ともに体調は万全ではないもよう。
大丈夫なのかこの人たち。瀬川さんは色んな意味であかんおっさんだし……。
といいつつ最近白髪急激に増えたな~自分も。あはは。


変換ミス
だが静馬にとって、その以上の中には薫も含まれていた。
→だが静馬にとって、その異常の中には薫も含まれていた。



■今回更新分までの総括的感想
蟲籠シリーズと切っても切り離せないイメージはミステリーな感覚であると個人的に感じています。今回の物語の舞台でもそれがいつになく顕著に出ていると思いました。田舎(村)、慣習(儀式)、名家や旧家。これらの三つの要素が合わさると紛れもないミステリアスな事件現場に大変身です。湯煙こそ漂っていませんが、ワクワクが止まりませんね。
物語を読んでいて、こうかなああかなと詮索したいところは多々あります。
そう考えながら読むのも楽しい一作。や、別に私はミステリー好きというわけではないのですけどね。あくまで感じた印象です。
一話ごとの区切りの文章量が短く整理されている。IとⅡを読んでいなくても、人物紹介、コメント欄でふれられている系譜のようなものがあると、未読の方でも読みやすいのではないでしょうか。物語自体はサクサクとすぐに読めてしまいます。
それでも密度がしっかりあると感じるのは、作品に漂うどこかどっしりした重い空気のせいでしょうか。個性的で良い雰囲気だと思います。
作家さんの作り込みが深いのか、そういったところが魅力的で読んでいて楽しいです。
今回戦闘のようなシーンはまだありませんが、典型的肉体派バトル(格闘)やサイキック系バトルでの強大な力のぶつかり合いの描写に親しみ、それを好まれる方には物足りなく感じるのでしょうか。
コメ欄、はやくも鞭撻が入っているもようで頼もしいかぎりですね。
ただ、私個人的には蟲使い能力の見せ方、異能ですが有り体に言うところの戦闘とは一線を画している、違うと感じています。だから戦いの見せ方にも千差万別、蟲籠には蟲籠の見せ方があっていいと思うところです。
早いはなし今のこのままが好きってことです。
夏の花火の可憐さやしっとりと燃え広がる手持ち花火の妖艶さ。そういう雰囲気が蟲籠の戦いにあると感じます。戦いというよりは蟲が喰らう行為や蝕まれるありさまで、そこに人の負の感情がまざって動いていて、その辛さや悲惨さに美しさを感じて気に入っているところです。花火の火薬は身体に悪いでも爆発は美しい。
読み手として作品から受ける物珍しい刺激は非常に大事です。
作品から受ける情報の選択肢の豊富さ、感じられたその作品独自の持ち味は他と違うほど面白味があると思います。
個性っていうのでしょうかね。簡単にはその二文字で片づけられると思います。
蟲使いの戦い方は黒兎先生にしか書けない。蟲使いの戦い方をこれからも貫いて書いてほしいと思いました。黒兎先生らしいものであれば私は満足です。
読む人によって同じ作品でもシーンごとに思い描かれるさまは違う。そういうのはとても興味深いです。
私がもし蟲籠に評価しシートのコメント欄に書くことがあるとすれば、「ありきたり」とは絶対書かないです。
「独特すぎて普遍性がない」とは書くかもしれません。
まあ、しかしそれが魅力なんですけどね。そうでなければ読みません。
面白いとも思いません。困ったことに厄介な作品が好きです。
とにかくこの作品は文庫にしてもらって本棚に続々と並べたいところです。
しかしながら作家さんご本人は趣味らしいので、商業書籍にはならないみたいw 
なら一生シリーズ連載してもらいたい。なんて無茶ぶりしてみたり。嘘です。
今後も期待しています。



以上この作品に関する22日更新分の感想はここまで。