Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第三十四話 これからすべきこと

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「おっ」
「ん?」
廃ビル群から離れて手近な建物の屋上まで跳び上がってから、それぞれ守羽と静音を抱えていた由音とシェリアが来た道を振り返って疑問の声を上げた。
「…逃げたぞ」
「逃げたね」
「……わかるの?」
シェリアの手から降ろされながら、静音が同じ方向を見て言う。当然ながら“復元”の能力を持つこと以外は至って普通の人間である静音にはそんな遠方の変化には気付けない。
「気配が遠ざかってるんすよ、だから逃げたんだなーって」
「レイスが追い払ったのかにゃ?…うーん?あれ、誰だろ。ほかにも誰かいる」
悪霊による“憑依”の力で気配を感じ取る由音とは違い、猫としての聴覚を利用して状況を察しているシェリアは、撤退した鬼達と入れ替わりに増えたもう一人の存在を聴き取っていた。
(…………とうとう表に出てきやがったか、親父…)
そして、誰にも言わずにただ一人だけがその存在を正確に理解していた。『僕』たる神門守羽には、父の気配は手に取るようにわかる。
だからこそ、ひとまずはこれ以上『僕』が表層に出続ける必要は無いと判断する。なによりこのままでは本当に神門守羽が死にかねない。
守羽はいよいよ本当に危うい顔色で由音に支えられながら虚ろになりかけている両目で先輩を見る。
「静音、さん……僕はもう引っ込む。あとは頼む」
「え…、あっ」
言うだけ言って、ぷっつりと糸が切れたように守羽の全身から力が抜ける。慌てて由音と静音で支えて屋上に横たえ、すぐさま静音が両手を触れて“復元”を掛ける。
今度はしっかりと全身に力が浸透し、その身は彼女のよく知る万全の神門守羽へと“戻った”。



「よう」
何も無い。純白の空間。
石ころの一つも落ちていない、本当に何も無いまっさらな場所に俺は立っていた。地平線すら見えやしない、上も下も左右も均等にただ白く白い。
耳が痛くなりそうなほどの静寂の白の中で、唯一背後から掛けられた声に俺は嫌気が差しながらも振り返る。
「…………」
平均的な身長、体重も確か特に目立って変わってはいなかったと思う。
黒髪は目に掛かるか掛からないか程度までは伸ばしてある。夏だし暑いからそろそろ切ろうかと思っている頃合いだった。
口元に僅かな笑みを浮かべているその顔は至って平々凡々。探せばきっと似たような顔はいくらでもいるんだろうなと感じる程度の平凡さだ。
そんな容姿の人間が、純白の世界に腰を落ち着けて、胡坐あぐらをかいてこっちに片手を挙げていた。
神門守羽。
まんま俺の姿そのものが。
「こうして対面するのは初めてだよな、『俺』」
「…なんの用だ」
友人に接するような態度で笑うそいつと、今の俺は対極的な顔をしていることだろう。
コイツのことは認めたくない。
俺と同じ顔は、俺の言葉にわざとらしく肩を竦めて見せた。
「逆だ逆、お前が僕に用有りだったんだろ?じゃなきゃこうして面会なんて出来るわけがない。これはお前が僕という存在を受け入れ掛けている何よりの証拠だ」
「ほざけ。テメエは誰だ、俺の何なんだ」
「お前自身が封じた知識と力」
ヤツも長話をする気は無かったのか、俺の質問にはすぐさま答えた。
「自分のことながら器用なことをしたもんだと思うわ。わざわざ僕っていう別人格を作った上で、『俺』に不要と判断した記憶や知識その他諸々の管理者として深層意識に閉じ込めたんだから」
「………何を」
「そこら辺はおそらく二つの性質を宿した神門守羽の存在の特性上からして可能だったんだと思うが。人間としての側面のみを表層に出して、余分な側面は一括して『僕』を形成することで押し込めたってとこだな」
「だから、お前は何を」
「もうそれやめろ」
俺の言葉を遮ってヤツは続けていく。
「いつまで続ける気だ。楽な方に逃げるのはもうやめろ。これまではそれでもよかった、だがこれからはそうもいかない。知ってたはずだぞ、お前は。いつか来るであろうその時を、自分が手放した力をまた使う日が来ることを」
「……っ」
「今のお前であの大鬼に勝てるか?四門を撃退できるか?連中は人間としての能力だけじゃ絶対に敵わない。毎度毎度死にそうな目に遭って、静音さんや他の誰かを巻き込んで、そこでようやく僕を頼って、そんなことの繰り返しでどうにかなると思ってんのか?『おまえ』は理解してんだよ、そんなわけないって。僕が断言できるんだから間違いない」
「…お前は!」
知ったような口で。
そう出かかった声は、途中で喉の奥につっかえるようにして消えた。
分かっているからだ、俺が。
コイツは全てを知っている。俺のことも、俺自身が知らないでいようとしてきたことも、全て。
別人格、管理者、意識の底に閉じ込めた。
それがコイツ。
「…『俺』が力を使いたがらない理由はわかる。前に色々あったが、決定的なのは茨木童子の一件だろ?人外が憎くて仕方ないから、自分に人外の性質が宿っていることを認めたくない」
俺の全てを知っているヤツは、知った上で答え合わせをするように、言い聞かせるように淡々と俺へ話し続ける。
「でもな、人外が皆そうってわけじゃねえ。それはお前も理解してるはずだ。人間と同じ、人外も根本的なところでは一緒だ。本能関連による善悪や行動原理・理念の不一致ってのは確かにあるが、んなもんは人間そっちだって同じだ。未だに肌の色が違うだけで相手を認めない連中だっていることだし」
「だからどうした。俺が会って来た人外は大体ゴミクズみてえな連中しかいなかった。全部が全部ってわけじゃなくとも、そういうのが大半ってのは確かじゃねえか」
ふう、とヤツはわがままを言う子供を相手にするような腹の立つ挙動でゆっくりと立ち上がる。
「兄の為に戦う妹と弟はどうだった?」
俺を真っ直ぐ見つめ、俺と同じ顔をした違うそいつは言った。
「かつて死なせてしまった主のことを想う犬はどうだった?」
脳裏に鎌鼬の姉弟と人面犬の姿がよぎる。
「悪霊に取り憑かれても必死に今を生きてるあいつは、お前にとってはなんなんだ?」
続けて、いつでもどこでもうるさいほど元気に騒いでいる友人の姿も浮かび上がる。
「それになにより」
少し息を吸って、一番大事なことを伝えようと俺の姿をしたそいつが告げる。
「僕達の母親も、お前は人外だからと憎み軽蔑するような人なのか?」
「…っ。そんな、わけが」
母さんがどういった存在なのか、これまでは知るのを避け続けてきた。知る必要は無いと自分で勝手に決めつけて。
だって、たとえ母さんが何者であろうとも俺が母さんを見る目が変わることは絶対にありえないと確信していたから。
だから、たとえ母さんが、人間でなかったとしたって。
俺は……。
「それが答えだろ」
分かり切っていたことのようにそいつは言った。
「お前は強情になり過ぎだ。人間と人外を同じ位置で見れる立場にあるくせに、わざと人外を悪者と断じて忌避しようとする節がある。結局それも半端に終わって手を出したり助け船を出したりしちまうのにな」
「俺がいつそんなことしたってんだ」
この期に及んで、俺はまだ抵抗していた。この相手が言うことは絶対正しいのに、俺自身を見てきた鏡のような存在に、嘘や虚実はありえないというのに。
「自分が、あるいは親しい誰かが巻き込まれるから。成り行きの巻き添えにされたから。仕方なく、嫌々に。そんな風に言い訳して戦い続けてきただろ。確かにそれも理由の大半ではあったんだろうが、それにしたってお前は他人任せにすることをしなかった」
案の定、見透かしたかのように言い当ててくるそいつは真っ白な世界の中で身を反転させて背中を向ける。
「残りの答えは自分で見つけろ。ヒントどころか解答なんてそこら中に転がってんだから、手近なとこから拾い集めていけ。いつまでも僕に頼ってんじゃねえぞ、静音さんだって僕が出て来ると戸惑っちまうんだからな」
「おい、待て」
背を向け歩き出したそいつに声を掛けるが、振り返ることはしなかった。やがて純白の世界全体が照明を落としていくように明度を下げて視界が暗くなっていく。
「いきなり全部とは言わねえ、少しずつ返していく。だからいい加減お前も自分と向き合え。お前のその行為は、両親の想いを否定してんのと同じだ。この親不孝者が」
徐々に、そして完全に純白から漆黒へ変化した世界に、もう何も映すものは無い。
やがて視界と同じく意識までもが沈むように呑まれていき、最後には気を失うようにぷっつりとその場での思考は閉ざされた。

       

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