Neetel Inside ニートノベル
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「で、結局昨日はシェリアを部屋に泊めたのバレなかったのか」
「なんとかな!」
 放課後になって、四人で帰る最中に話題となったのはシェリアの下宿先のことだ。
 昨日レイスに頼み込まれたあと、由音が自分の家に連れてったらしいが、本当に部屋で一夜を明かしたらしい。
 あんな小うるさいのが二人同じ部屋で、よく親にバレなかったもんだ…。
「お風呂とか、どうしたの?」
 純粋な静音さんの疑問に、由音はぐっと親指を立てて、
「夜中親が寝てからこっそり入れた!飯もそん時になっ」
 なんかもう、本当に親に隠れて猫を飼ってる子供みたいだ。
「しっかしなあ、替えの下着とか服とか無かったから焦ったぜ!深夜にダッシュでコンビニまで行ってきたからな!」
「いやあ、ご迷惑おかけしまして」
 二人してけたけたと笑うのをどうしたもんかと見やると、横合いから視線を感じた。見れば静音さんも似たような表情を浮かべている。気持ちはわかります。
「由音よ、やっぱ無理があるんじゃねえか?」
「なにがだ?」
 さっぱりわかっていない由音に、溜息を吐いてから説明する。
「お互いが特に意識してなかったとしてもな、同じ部屋でいい男女が一緒に生活するってのはどうなんだってことよ」
 不純異性交遊とか言うつもりじゃないし、由音に限って間違いが起きるとも思えないが、それにしたって同居はちょっといかがなものかと思う。
「?」
 あ駄目だ全然わかってねえ顔してる。
 コイツにとっては男友達が遊びに来たような感覚でしかないのかもしれない。東雲由音は人間が持つ三大欲求の一つを完全に放棄しているようだ。
「あたしもぜんぜん気にしにゃーいよ?」
「お前はマジで気にしろ」
 男はともかく、女の子がそれをまるで意識しないのは本当に良くない。いやシェリアもレイスと一緒にここまで来たらしいし、それと同じ感覚でいるのか。
「うーん」
 だがしかし、それを言ったところでならどうするのかという話だ。由音の家はもちろん却下だとしても、同様に俺の家も駄目だ。由音よりは待遇に気を遣うつもりではあるが、やはりバレずに面倒見るのは無理がある。今夜なんて家族会議するんだし尚更だ。
 一応はレイスから任された以上、外で野宿なんてさせられないし。ってかそんなことしたら仲間想いのレイスがブチ切れそうだ。
 となればやはり同性の、それも家の人間にバレづらい環境の人の家ってのが最適なんだろうが…。
 ふと隣の静音さんと視線が合う。咄嗟に逸らしてしまったが、おそらく俺の考えは読まれていると見ていい。
 その証拠に、静音さんが一歩前に出て、
「シェリア、私の家に来る?」
 なんてことを言ってしまっていた。
「シズのおうち?」
「うん。私の家なら両親もほとんど空けているし、部屋も一人増える程度なら問題ない程度の空間はあると思う」
 そう、静音さんの家は普段両親がいない。大きな家の割に、住んでいるのはほとんど静音さん一人のようなものなのを俺は知っている。両親は仕事が忙しいのか、俺も見たことがない。
「静音さん」
「大丈夫だよ、守羽」
 止めようと声を掛けた俺に、静音さんはそう言って微笑んだ。
「いーの?シズ」
「別にオレん家でも全然いいですよ!オレと守羽が頼まれたことなのにセンパイにまでそんなことさせられないっす!」
 よく言った由音。普段馬鹿でうるさいヤツだけど一応これでも少しは常識というものを持っているのを俺は信じていたぞ。
 だが、それでも静音さんは首を左右に振った。
「私がそうしたいの。いつも家に帰ると誰も居なくて寂しいから。だから、シェリアを私の家で泊めたいと思ったんだ。駄目かな?」
「…」
 あくまで自分の為だと、静音さんは言外にそういう思いを伝えて来る。そう言われてしまえばこっちもあまり強く否定は出来ない。
「そっか、んじゃすいませんお願いしますっ!」
「おねがいします!」
 由音も由音であっさり引き下がり、シェリアと一緒に直角に頭を下げた。
「いいよね、守羽」
「…静音さんが、それでいいなら」
 本人が望んでいることなら、俺としても是非もない提案だ。シェリアなら、きっと静音さんを退屈させることもないだろう。あんまりうるさくし過ぎて迷惑になりやしないかという不安はあるけど。
「すいません。俺からもお願いします」
「うん、お願いされました」
 俺も、二人と同じように深々を感謝の礼をした。



「あんまうるさくするなよ、おとなしくな」
「はいはーい!」
「ちゃんと家のお手伝いとかもしろよ!」
「りょーかーい!」
「それじゃ、ようこそ我が家へ」
「おじゃましまーす!」
 俺と由音の言葉に頷き、シェリアは静音さんと共に家の中へと入って行った。
「大丈夫かなあ…」
「平気平気!」
「お前のその適当な自信はどっから来るんだよ」
 玄関が閉まるまで見届けて、俺達も歩き始める。
「なあ守羽!どっか遊びに行かね!?」
 左右に連なる家々をなんとなしに眺めて歩きながら、馬鹿でかい声で誘う由音へと挙げた片手を振る。
「悪いが今日は無理だ。家でちょっと大事な話があるから」
「そか!んじゃ明日な!」
 潔く引き下がり、由音は駆け足ですぐそこの曲がり角を曲がった。
 いつの間にかもう分かれ道だったか。
「お前もおとなしく帰れよ」
「おう!ゲーセン寄ってから帰るわ!」
「うぉい」
 まだ帰る気ゼロらしい由音が楽しそうに笑い手を振りながら駆けて行く。
「元気だねー彼」
「こっちが参るくらいになーーーって」
 思わず返事してしまってから気付き、背後を振り返る。
「やあ、ただいま」
 くたびれた淡い紺色のスーツの前ボタンを外して、ネクタイを緩めたうちの父さんが手団扇で顔を扇ぎながら立っていた。
「…『出張』、お疲れさま。おかえり父さん」
 四角い眼鏡に短髪、無精髭。
 スーツのせいもあって見た目サラリーマンにしか見えない父親が、にこりと人好きのする笑みを浮かべた。
「うん、帰ろうか。守羽」
「ああ」
 父さんと並んで家に帰るなんて、一体いつぶりくらいになるんだろうか。かなり久しい気がする。
「仕事はどうだった?」
「順調だったよ。ただ、今後は少し忙しくなるかもしれないけどね」
 お互い、普段通りの会話を展開していく。俺自身不自然に思えるほど、いつもと変わらない、父さんとの会話だった。
「いやあ今日も暑かったねえ。汗だくだよ」
「夏真っ盛りだからね、早く風呂入った方がいい」
「ようし、じゃあ久しぶりに一緒に入ろうか!守羽!」
「いや父さん、高校生にもなって父親と一緒の風呂とか普通ありえないと思うぞ…」
「えっそうかな!?駄目かい?」
「別にいいけどさ」
 そうやって、家に帰るまでなんてことない話をしながら父さんと並んで歩いた。

       

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