Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第三十六話 悪霊憑きの意地

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「オイ、る前に一つ答えろ!」
 ズズ…と両眼に昏い色を乗せながら、由音が叫ぶ。対する陽向日昏はわざとらしく首を振るって見せて、
「そんな言い方で、俺が正直に答えてあげると思うか?」
「……一つ答えて頂いてもよろしいでしょうか!?」
「よろしい」
 敬語で誠意を示した由音が即座に質問をぶつける。
「お前はシモンと同じで守羽の敵なんだよな!?」
「厳密には違う」
「違うのか!?」
 踏み込み掛けた一歩を踏み外してがくんと蹴躓く。
「じゃあなんなんだよお前!守羽の敵じゃねえなら別に闘う意味ねーよ!」
「君は神門守羽の為に戦っているのか」
「おう!」
「そうか…」
 火の点いていない煙草を咥えたまま、日昏はしばし黙考に耽る。由音はそれをどうしたもんかと距離を取りながら様子見する。
「俺としては神門守羽に敵対する気がないが、おそらく向こうはそうもいかないだろうな」
「そうなのか?」
「ああ。俺の第一目標は神門旭だが、父親が狙われているとなればやはり子も黙ってはいないだろう。向こうは俺を敵視するはずだ」
「お前は守羽の敵じゃねえけど、守羽にとっては敵ってことか?」
「そうなる」
「ふーん。じゃあ…」
 曖昧な解答に曖昧な頷きで返して、
「やっぱお前敵だわ」
 一瞬で日昏の眼前まで迫った由音が迷いなくその拳を振るう。
「迷いなく本気の一撃か。悪くはないが少し短絡過ぎないか」
 パァンッ、と受け止めた日昏の掌の内で衝撃が拡散する。
「守羽にとってお前が敵なら、もうそれでいいんだよ。テメエはオレの敵だ」
「そういう思考は嫌いではないぞ。早死にする切り込み隊長の典型だが」
 押し付ける拳と受け止めた掌が互いに押し合いを続ける中、日昏は由音の昏い瞳を見据えながら言う。
「お前は俺に質問し、俺は律儀に答えた。ならばお前も俺の質問に一つ答える義務があるとは思わないか?」
「っ、確かに!」
 拳を引いて、由音は素早く後方へと下がる。
「答えてやるから早く言えよ!」
「では手早く。お前が神門守羽に味方するのは、その力がある故か?」
「はあ?」
「その概念種の力があるからこそ、お前は神門守羽の力となろうと考える。違うか?」
 由音は首を捻る。相手の言っていることの意味がいまいち理解できない。
「お前はその“憑依”という強大な力を使えるからこそ、命を張って神門守羽の為に戦える。力があるから尽くすのだろう?」
「…そりゃ、何も無かったらあいつの力になれねえからな!」
「わかった。ならやはり俺の領分だな」
 ようやくここで、日昏は構えらしきものを取った。それを見て、由音もまた中腰で突っ込めるように両足に力を込める。
「お前の中の魔、俺が滅する。“憑依”を失くして解放されたお前は神門に尽くす意味を失う。命は大事にしろ少年」
「オレはいっつもガンガンいこうぜなんだよ!」



「…はあ」
 食事を終え、母さんが食器を洗いに台所に立っている間、話の続きをしようとした時に父さんが溜息と共にあらぬ方向へ顔を向けた。
 まるで、遠方で何か面倒事を捉えたかのように。
「どうかした?父さん」
「いや、あとで話すよ。うん…きちんと順序立てて進めようと思ってたけど、ちょっと難しくなってきたね。まったく行動を起こすのはいいが空気は読んでほしいものだよ」
 この場にいない誰かへ向けたであろう言葉は、俺にとってはなんのことだかわからなかった。
「仕方ない。先に君自身のことを話しておこう。君と、君自身が創り上げた『僕』のこと」
「やっぱり、それも知ってたんだ」
「もちろん。最初に君の『僕』と会ったのは、おそらく僕だからね」
 俺が否定し続けてきた、俺の人間ではない部分。その人格。それは、
「あれは、妖精である俺か」
「そうなるね。人間種と妖精種のハーフである君は、器用にも人間である人格と妖精である人格をきっちり分割して管理することに成功していた。力の割り振りも、大半を『僕』に預けていたようだし。普段の君が持っていたのは“倍加”の異能だけだったからね。それすらも人間としての耐久力で限界が来るようにしてあった」
 そこで一度区切って、父さんは俺の身体をまじまじと眺めた。それから一人で勝手に納得したように頷く。
「思い込みで強引に力を押さえ込んでいるよね、守羽は」
「…思い込み?」
「自分がただの人間でしかないと思い込むことで、“倍加”の限界を人間の耐久値まで無理矢理に引き下げている。…守羽はこんな話を知ってるかい?」
 父さんは立てた一本指で、逆の腕の表面にトンと触れる。
「人はね、目隠しをされた状態で暗示のような言葉や行動を受けるだけで、本当はされてもいないことをされた気になってしまうらしいよ」
 その話は、どこかで聞いたことがある。目隠しをした人間の腕に、熱したアイロンを当てるぞと宣言するやつだ。本当は熱していないどころかアイロンですらないのに、その直後に押し当てられた物を勝手に熱したアイロンだと脳が誤認識してしまう。そしてありもしない痛みや熱を感じたその人間の皮膚は、本当にアイロンを押し当てたような火傷をしていた、という話。
 確かプラシーボ効果だとかその一種だとか。
「あとはなんだっけ、手首を切ったフリをして水が滴る音を聞かせ続けたら本当に失血死と同じ死に方をしただとか?あとはー…想像妊娠とかもこの手のものと同じだね。思い込みが肉体に変化をもたらすんだ」
「…俺も、思い込みを自分に掛けてるって?」
「そう。君は退魔の家系と妖精の血を引いている、その身体は普通の人間じゃ遠く及ばないほどに強靭だ。でも君はそれを認めたがらないが故に、自ら『普通の人間』と思い込むことで本当にその身を『普通の人間』レベルまで弱体化させている」
 だから“倍加”も、普段では五十倍までしか使えなくなっている…か。
 だがそう言われれば、確かに記憶の中にどうにか残っている『僕』がメインの戦闘では、あいつは“倍加”を百倍にも二百倍にも高めていた。あれは俺が自分に掛けていた思い込みの枷が外れた状態だったってことか。
「…でも、それも時間の問題だね。もう対話は済んだんでしょ?君はもうじきに本来の君の力を取り戻すはずだ」
「……」
 『いきなり全部とは言わねえ、少しずつ返していく。だからいい加減お前も自分と向き合え』
 あいつはそう言っていた。確かに、俺が全てを知ろうと決意を固めた時から、少しずつ身体に活力のようなものが湧いて来るのを自覚している。
(そうか。わかっちゃいたけど、俺は)
 俺は、人間じゃない。俺は…。
「守羽」
 いつの間にか俯いていた顔を上げると、いつも通りに薄い微笑みを浮かべた父さんが俺を見ていた。
「誰に何を言われたのか知らないけど、別に守羽が純粋な人間だろうとそうでなかろうと、君の友達や僕達はこれまでと何も変わらず神門守羽を見るよ。だからそんな気にしなさんな」 
「父さん…」
 気配を感じて背後を振り返ると、そこには食器を洗い終えた母さんが立っていた。何かを言うことはなかったが、それでも父さんと同じようにふわりと微笑んで俺を真っ直ぐ見てくれていた。
 それで、少し安心した。
 俺は神門守羽であって、それでいい。それだけでいい。
 見るべき本質は、人間か人外かなんて、そんなことじゃない。
「さて、君も自身のことについてはいくらか踏ん切りがついたね。とりあえずキリがいいところまで話したから言うけど、今君の友達が陽向日昏と交戦しているようだよ」
「…………はあっ!?」
 突然の報告に、思わず声を荒げてしまう。
「退魔師が相手だと、あの性質は分が悪いかもね。悪魔祓いや除霊関連は陽向の得手とするところでもある」
「なんで早く言わないんだよっ!」
 勢いよく立ち上がり父さんに背を向けて玄関へ向かおうとする俺へ、父さんが呑気に声を掛ける。
「先にこっちの話を済ませておかないと、君はまた『人間』として戦いに赴くと思ったから」
「ッ…」
「君は友達の為に行くんだね?それはいい、友情はとても素晴らしいことだ。そうして、次はどうする?また同じことが繰り返されるよ?」
「わかってる」
「本当に?」
 背中を向けたまま、俺は歯噛みする。
 受け身、後手、振り回され、繰り返す。
 静音さんを巻き込み、由音を巻き込み。
「君は、これから先どうする。どうしたい。せめて、そこだけはっきりさせて行った方がいい。目的、目標、それが君には足りない。だから延々とゴールの見えない道を走り続ける羽目になる」
「…俺は」
 実のところ、それはもう決めていた。
 いい加減、俺もうだうだ悩んだり考えたりするのはやめにする。
 振り返り、父さんの視線をしっかり受け止めて。
 俺は前に進む決意を口にする。

       

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