Neetel Inside ニートノベル
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「それじゃ、俺はここで」
学校の校門近くまで来て、俺は静音さんから数歩離れた。
「?…何かあるの?」
「昨日の宿題まだやってないんですよ。朝の内にやっておかないと」
片手を振ってすぐさま小走りで校門を抜けて校舎へ向かう。
一瞬だけ後ろを振り返ってみれば、もう静音さんの周りには同級生と思しき人達が囲み始めていた。今日も大人気だ。
俺がいたらあの人の学校生活の邪魔になる。
だから学校ではなるべく距離を置くようにしている。それでも静音さんはわざわざ一つ下の学年の教室まで来たりする。
それ自体は嬉しいんだけど、あの人はもう少し自分の生活を尊重して欲しいと俺は思う。勝手な考えでしかないのはわかっているが。
とりあえず、校舎には入った。あとはゆったり教室に向かおう。宿題は確かにやっていないが、まあどうにかなるさ。
二階へ繋がる階段を半分まで上ったところで、階下からおかしな叫び声が聞こえてきた。

「うぉらー神門みかどー!神門守羽はどこだらっしゃらぁぁあああーー!!」

やべえ、面倒臭いのが登校してきてる。帰れよ。
逃げるように階段を駆け上って便所に向かう。ホームルームが始まるまで個室便所で引き籠っていよう。野郎に見つかるのは不味い。



「…………」
昼休み。
屋上にある貯水槽の上で母さんの作ってくれた弁当を食べながら遠くを見渡す。
こんな場所からでは街の全景を一望することは出来ても、細かな部分を見ることなど到底不可能だ。
普通ならな。
(…もう少し強く、視力三十倍)
目を見開いてこの位置から見える範囲をぐるっと見ていく。
人間離れした視力でもって双眼鏡越しのようにすぐそば、手が届くのではないかと思えるほど近くに見える人や車をざっと見ていく。
視力を上げることはできても、透視ができるわけではない。結局見えるものには限りがある。
だが、これでも以上な速度で動くモノくらいは捉えられるはずだ。
風のように速い何かを。
「………駄目か」
両目を閉じて白米を口にかきこむ。
人の社会の中に紛れ込む人外を見つけるのは困難だ。それに連中はおそらく日中は動かない、行動するとしたら夜間だろう。
人に害成す鎌鼬は、真っ昼間から人を切り裂ける性質は無い。人が恐れるのは薄闇に覆われた黒色のその奥だ。
こんな風の気持ちいい青天の空の下では、ヤツも襲うに襲えまい。
(無駄なのはわかってたけどな…)
心の中で呟きながら、鈍痛の響く両の眼球を瞼の上から右手で押さえる。
“倍加”は、ノーリスクで使える力じゃない。
使った分の反動は大なり小なり必ず返る。
身体強化で“倍加”を使う時、同時に体の耐久力も比例して“倍加”してはいるものの、それでも強い力で殴ればそれだけ跳ね返る衝撃も大きなものになる。
視力の三十倍強化は、教科書を凝視するよりかは疲れる。長時間使うと目が開かなくなったり通常時の視力が一時的に低下したりする。
諸刃の剣だ。多用も過信もできたもんじゃない。
(出るとすれば夜、狙うとすれば能力者)
夜道をふらふらしてる異能持ちの人間がいれば、それは恰好の獲物だ。
俺の知り合いの異能持ちの中にはそんな人はいないと思う。
それに、必ずしも能力者が狙われるわけではない。あくまで、狙われやすいというだけの話であって。
「……」
黙々と弁当を完食し、立ち上がる。
とりあえず教室に戻ろう。いや、こんなに天気がいいのならここで寝てるのもいいかもしれない。少し陽射しがきついが、貯水槽の下に潜り込めば平気だろう。
そんな風に考えながら、食後の陽気で眠気に襲われ始めた俺の頭は屋上のドアが勢いよく開く音で一気に覚めた。
バンッ、ベキョッッ!!
確実に何か壊れた音もした。蝶番かドアノブか。
あとで先生に言いつけておこう。そもそも屋上は立ち入り禁止だし。
「見っけたぞ神門!!おら勝負だ勝負!!」
やかましい大音声が下から響く。
「…おい、ゴミクズ。一度勝負に負けたら一週間は勝負申し込むの禁止っつったの忘れたのか」
のそりと貯水槽の上から顔だけ出すと、眼下には腕を組んで俺を見上げる怨敵の姿があった。
「だから来たんだろうが!一週間、今日でお前に負けて一週間目だっ!!」
「まだ五日しか経ってねえよボケカス……」
とうとう日数すら数えられなくなったのか、哀れな…。
「それに俺は取り込み中だ、勝負なら来週にしてくれ」
「いやだから今来ただろうが寝ぼけてんのか!?」
「来襲じゃねえよ!次の週にしろって言ってんだアホ!」
学校内では非常に貴重な話し相手だが、いかんせん頭が手遅れなヤツだ。どうやって俺の居場所を突き止めたか知らないがとにかく最悪だ。
辟易しながら、手で追い払うジェスチャーをする。
「お前、自分で作ったルールを自分で破るのか…?る、ルールブレイカー…さては貴様キャスターだな!?」
「先に約束破って怒鳴り込んできたのはそっちだ。これでおあいこだろ」
わなわなと震えているそいつを見下ろして適当にそう返す。
溜息は幸せを逃がすというが、もう俺に幸せなんて残っていないかもしれない。
俺の学校での知り合いにはロクなのがいない。
朝に会ったばかりだというのに、無性に先輩に会いたくなった。
早く放課後にならないかな…。

       

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