Neetel Inside ニートノベル
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「守羽だよね、お昼休みに中庭をすごい速さで走っていたの。大声を出して追いかけていたのは、一年の学年主任だったみたいだけれど」
「最悪でした……」
下校路の途中。
今日何度目になるかわからない溜息をつきながら、俺は隣を歩く静音さんに愚痴を溢す。
「立ち入り禁止の屋上に無断で入った上にドアを破壊、さらに同学年の男子に恐喝紛いのことをして挙句に暴行まで働いたとかなんとかで追いかけ回されました…」
実際にやったのは屋上への無断侵入だけだ。他は完全なる冤罪。
「大変だったね」
俺を責めることもなく、静音さんはそれだけ言って頭を撫でてくれる。
「……責めないんですか?酷いことするヤツだな、って」
「…?だって、していないでしょう?」
当たり前のことのように静音さんは俺の言ったことを全て冤罪であると信じてくれている。
信じてくれているのは涙が出るほど嬉しいんだが、それだと逆に屋上侵入の件に関してとことん申し訳なくなってくる。期待を裏切ってしまったような気分だ…。
あのあと、結局面倒臭くなってギャーギャー騒ぐそいつと勝負して気絶するまで叩きのめした。そこへ絶妙なタイミングで学年主任が物音を聞きつけて屋上へやってきた。
全ての罪が俺へ集った瞬間である。
俺の話を聞かず問答無用で鉄拳制裁を下そうとしてきた筋肉ゴリラ主任をまさか“倍加”でボコボコにするわけにもいかず、学年主任の怒りが落ち着くまで逃走を続ける選択肢しか俺には選べなかった。
絡まれたら先輩でもなんでも最悪返り討ちにできるが、さすがに教師は不味い。
結果として目が覚めた例の同級生がボコられたのにも関わらずやたらテンション高く俺の弁護をしてくれて、どうにか冤罪だということはわかってくれた。
しかし屋上にいた事実は覆らず、それはそれで反省文という形で後日学年主任に提出するということで勘弁してもらった。
「最近、いいことなくて気が滅入りますね」
不良の先輩には絡まれるわ、おかしな人外にも絡まれるわ、頭の足りない同級生に絡まれるわ、学年主任に絡まれるわ。
絡まれまくりか。そろそろ心労で胃に穴が開いてもおかしくねえぞこれ。
「大丈夫。きっといいことあるよ、はい」
そんな俺にやさしいお言葉を掛けてくれた静音さんは、鞄から取り出した何かを俺の手に握らせる。
「糖分とって元気出して」
黒糖飴だった。渋いな…。
「ありがとうございます」
包みから黒い飴を取り出して口に放り込むと、甘ったるい匂いと味が一気に口の中に広がった。
いつもなら別れる地点であるT字路もそのまま一緒に右へ曲がり、静音さんの家の前まで送り届ける。
「気をつけてくださいね、夜間は外を出歩かないようにしてください」
「うん。守羽も、気をつけてね」
手を振って家の中に入るのを見届けて、俺もさっさと自宅へ向けて歩を進めた。



夕食後、母さんには友達と遊びに行ってくると言って外へ出た。少し遅くなるとも伝えて。
やはり人の姿のない夜道を無言で歩き通して、早一時間といったところか。
“倍加”の力を展開させたまま、俺は街の外周を人気のない道を選んで延々と歩いていた。
一応、歩きながらも探してはいた。が、別にこっちから探す必要もないだろうとも思ってた。
なんの為にわざわざ自らの異能を晒して歩いているのか。
まともな理性が『ヤツ』にあるのなら、きっと真っ先に俺へ狙いを定めていたはずだが、話を聞いた限り考える頭は今はないようだ。
だが、『鬼を殺した人間』という認識や情報が無くとも俺の力は感じ取れるはずだ。
馬鹿な人外にとっては『最高に美味な餌』。
思考能力を失った獣のような人外にとっては『最高に殺したい獲物』。
異能は人外を引き寄せる、いわば香りのようなものだ。連中はこれに寄って来る。
あの鎌鼬の女の話が本当なら、そういうことだ。
ならきっと来るだろう。いや来てくれなければ困る。
来い。
来いよ。
光の届かない薄暗い道を選んで、ただ無心に歩く。
誰の為というわけでもない。強いて言うなら俺の為。
自分の為に、俺はここにいる。
俺が、俺の望む世界に居座る為に、俺は関わる。
何事もなければ一生関わり合いになりたくないそれに、正面から関わる。

「…………」

その時は、思ったよりも早かった。
正直なところ、今日は無理だと思っていた。数日を掛けてゆっくりと待つつもりだった。
だからこれは言ってしまえば予想外だ。
予想外に早く、事は済みそうだ。

「…はっ、来ないのか?人の血に飢えた薄汚いイタチ野郎」

挑発には乗らなかった。当然か、自我が喪失しているのだから。
獣を煽ったところで意味は無い。
風を纏った黄土色の獣は、我を忘れている割には冷静に俺を観察していた。
ーーー全身体能力、二十倍で固定。
自分自身にそう唱え、闇夜の奥を静かに睨む。
出方を窺っていたのは互いに同じ。
だが堪え性がなかったのは向こうだった。
獣が吠える、先手が放たれる。
闇を切り裂く不可視の斬撃。二十倍強化の触覚が身に迫る脅威を感じ取り、同倍強化の視覚が空中の塵を裂いて飛来する斬撃を見切る。
邂逅から衝突まで、一分もなかった。

『旋風』を司る転ばせ役、名を転止てんとと呼ばれていた鎌鼬は、一目で正気ではないとわかる形相で襲い掛かってきた。

       

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