Neetel Inside ニートノベル
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 大気に満ちる、彼らの声なき声が聞こえる。
 それは万物を構成する五つの属性を司る、それぞれの力の根源達。
 小さな力を束ねる多くの存在。あらゆる空間においてそれは居て、それを認識することができるのが妖精種の特徴の一つでもある。
 語り掛け、力を少しだけ貸してもらう。
 精霊種という、属性そのものとも呼べる存在へと。
「っ!」
 意識を集中し、駆ける。広げた両手からそれぞれ燃え盛る火と空気中から集った水が剣の形に変化する。
「はぁ!!」
 両手の剣で猛攻を仕掛ける。それを日昏は小振りのナイフで受け流していく。
「…妖精か。害成す敵として阻む者ではなかったから戦う機会はほとんど無かったが、なるほど五大の属性を掌握できるというのは厄介ではある」
 冷静に俺の振るう剣の軌跡を読んで対応してくる。
 元々、俺に剣術の覚えは無い。適当に振り回すことくらいしか出来ない。対して向こうは歴戦の退魔師だ、当然ながら武器の扱いにも長けているだろう。
 連中は陰陽師の術式や出自を基盤とした退魔の術法を主軸とした戦法を取るが、何もお札や祓い棒だけで魔を退治してきたわけではないはずだ。
 だからこそ、単純な剣戟で押し切れるなどとは思わない。
 火の剣を大上段から振り落とす。日昏はそれを難なく右手のナイフで受け止めた。
 ここだ。
 意識を、属性を留めることから拡散させることへ切り替える。
 ボッ!とナイフに接触した瞬間に剣が爆ぜて火炎を振り撒く。
「ぬ」
 火炎に呑まれ、日昏のダークスーツが燃えて数歩下がる。
(逃がすかっ!)
 “倍加”で強化した脚力で追いつき、水の剣で真横一線に薙ぐ。
 確実に直撃だ、剣のリーチから日昏は逃げられない。
 多少心苦しくはあるが、死なない程度に深手は負わせる。
「…、“形代かたしろ穢祓けがればらい”」
 刀身が服の末端に触れ掛けた時に日昏が何事か呟いたが、何をするにも遅い。俺は躊躇なく日昏の胴体を斬り裂いた。
「…。あ…?」
 腹部を真横に斬った、浅くてもすぐに止血しなければならない程度に出血はするはずだ。
 だというのに、日昏の腹部には傷はおろかスーツすら破けていなかった。
「“凶兆に際し、その身、その魂、囲い封ずる”」
「くそっ!」
 一切のダメージを負っていない日昏の口から、意味ある特殊な文言が紡がれる。退魔師の言霊は言葉で現象を発現させる力がある。止めなければ不味い。
 工場内の地面に手を置き、意識を傾ける。地に宿る精霊に。
 直後に俺の周囲の地面を突き破って鉄の鎖が飛び出す。金行を呼び起こして具現させた属性の一つだ。
「“不浄を避け、謹んでなれの心身を浄する。故に、慎んで身を伏せ”」
 回避、あるいはナイフで迎撃する日昏は鎖では捕らえられない。さらにその中で言霊を完成させたのを気配で察する。近づけない。
 一旦距離を置いて術式の正体を見破り、それから策を練る。
「“物忌ものいみ峻拒しゅんきょ”」
「…ーーーッ!?」
 距離を取った俺の足元に、日昏の言葉と連動するように円陣が浮かび上がる。薄い青の光を発する円陣の中心に立つ俺の体の身動きが一切取れない。
(縛りの術…!)
 気付いたとて既に手遅れ。俺の頬はナイフを握ったまま距離を詰めてきた日昏の拳を減り込ませて宙に浮く。
 体が地面に着くまでの短い間に、小回りの利くナイフで数回斬られる。俺もいくらかは弾き落としたが、速度と手数が段違いだった。見切れない。
「駄目だな、守羽よ。…それでは、駄目だ」
 呆れたように言う日昏に、着地するタイミングで足を払われる。俺にまともな体勢を取らせないつもりだ。
「倒そうという意思は感じる。だがやはり、お前からは俺を殺そうという意思が微塵も感じられない。一撃一撃が軽い。お前は俺を生かしたまま倒せるほどの力を持っていると思っているのか?己惚れるな」
 額に靴底が当てられ思い切り蹴られる。眩暈がする中、立て続けに日昏の連撃が全身を打つ。
「もっと自分の窮地を自覚しろ、自分の非力を理解しろ。その上で殺意を引き出せ。倒せる実力もないのに殺す気すら無いのなら、お前は俺に致命打の一つすら与えることは出来ないぞ」
 全身を殴り蹴り斬られ、反撃の糸口も見出せないまま俺は膝から崩れ落ちる。
 どうにか倒れることだけはしまいと膝立ちで堪えた俺に、頭上から日昏は言う。
「足りない、お前には何もかもが全て足りない。…腕一本程度なら、本当に落としてしまった方がいいかもしれないな」
 溜息を吐いて、右手にナイフを構えるのを見て立ち上がろうとするが、力が入らない。攻撃を受け過ぎた。
 避けられない。
「歴代陽向家当主の中にも、隻腕や隻眼の者はいた。五体不満足の不自由を乗り越えた先に見えるものもあるだろう。少し、危機感を持って今後を見据えろ。これはその気付け代わりだ」
 子供に言い聞かせるようにそう言って、日昏は反った小振りのナイフを俺の左肩へ目掛けて振り下ろした。

       

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