Neetel Inside ニートノベル
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(あっちと、こっちと…あと、あそこか。三か所だな)
 四門と守羽が交戦を開始した倉庫を遠目に眺めて、廃屋の屋根に腰を下ろした由音が“憑依”を用いて周囲を警戒する。
 すると、倉庫を取り囲うように奇妙な力の波動を感じ取った。あれは前回四門と戦った時と同じ、配置されていた植木鉢や水で満たされたバケツから感じた気配。
 より鋭敏にさせた感覚で探れば、三つの波動は倉庫を中心として東の方角に位置しているのがわかった。
 前回の戦闘から鑑みるに、あれはおそらく四門の肉体なり能力なりを強化しているものの正体。それを破壊したことで前は四門が分かり易く弱体化したのを思い出す。
 となれば今回もそれを破壊しない手は無い。守羽には四門との戦闘中に動きを見せた他の連中の牽制に当たってくれと頼まれていたが、今はその動きというのも特に見えない。ならば自分は直接的に介入できなくても出来るだけ守羽の援護をするのが最善だ。
「やめておけ」
「…チッ」
 屋根に座っていた由音が動き出そうと足に力を込めた時、背後から掛けられた声に舌打ちを鳴らす。
「またお前かよ、陽向日昏!」
 不貞腐れたように由音が背後の相手に怒鳴ると、音も無く現れたダークスーツの男が微かに笑う気配がした。
「すまないな、また俺だ」
「いつから居た?全然気づかなかったぞクソッ」
「陽向の隠形術だ。気配や姿を消せる術式だが、悪霊任せの魔に寄った人外性質では退魔師の術が見破れないのも仕方無いこと。我らの家はその方面に特化した一族だからな」
 相変わらず言っていることは由音にはわからなかったが、とりあえず陽向の気配が自分では掴めないことはわかった。
 あっさり背中を取られたことに歯噛みしながらも、由音はゆっくりと屋根の上で立ち上がる。
「で、今度は何の用だよ、陽向!」
「特に今は無い。だがこれからの君の動き次第ではそれも変わって来る」
 言外に、四門への妨害をするのであれば放置できないという意思を伝えて来る日昏に対し、由音は背中を向けたままヘッと笑う。首だけ捻って背後の日昏に顔を向けて、
「邪魔、すんなよ」
 漆黒に染まった両眼を細めて見せた。全身から邪気が湯気のように立ち昇る。
「それは俺の台詞だ。放っておけ、あれは血統同士の戦いだ。四門と、陽向みかどのな」
「あ?」
「四門というのは、我ら陽向と同じく特殊な家柄の一族でな。四方の門…すなわち方位とそれに連なる力の流れを管轄する家系だ。龍脈とも呼ばれているものだな」
 いきなりのよくわからない説明に目を点にする由音にも構わず、まるで時間潰しのように日昏は勝手に続ける。
「だが、四方の門を護る四門の一族の本来の役割はそれではない。四方位の流れを管理することで、その中央へ至る経路を塞ぐ。すなわち中枢への浸食を阻み防ぐこと、それが四門家の成すべき使命なんだよ」
「…ぜんっぜん意味わかんねえんだけど、それってあの女が守羽を狙うのとなんか関係あんのか!?」
「ああ、関係ある。話半分で適当に聞いておけ。どの道君があの二人の戦いに介入しようとする以上、俺が止めねばならない。まだ君は俺に勝てる段階には遠い。まあ、十回やれば一度くらいは勝ち目はあるかもしれないが」
 余裕の面持ちで彼我の差を語る日昏に反論したくなったが、確かに今はこの退魔師には勝てる気がしない。考えなしに吐き出しかけた言葉をぐっと飲み込んで。由音は自分自身を落ち着かせる。
 そもそも、由音はここに戦うことを優先して来たわけじゃない。守羽に命じられたことを思い出した上で、日昏の発言を思い返す。
「おい、陽向!」
「なんだい、東雲の」
「お前、四門に手を貸して守羽をやっつけるつもりはないんだな!?」
「言わなかったか?俺の狙いは守羽の父親であって守羽ではない。半分人外とはいえ、彼は俺の弟分のようなものだからな。父親の罪を子供にまで着せるつもりもない」
「そうか!」
 そうなれば話は簡単だ。日昏は守羽を狙うつもりも四門に加担するつもりもない、ただ由音が守羽に手を貸すとなれば、二人きりの決闘を邪魔することになり日昏は由音を止めなければならなくなる。
 つまり由音が何もしなければ、目の前の脅威は一歩たりとも踏み込むことはしない。
 守羽が一人で闘っているのを指を咥えて見ているだけしか出来ないというのは悔しくもあるが、この場で日昏と睨めっこを続けるのが最も事態をこじらせずに済む方法であると認め、頭をがりがりと掻きながら立ち上がったばかりの屋根にどっかりと座り直す。両目と全身から渦巻く邪気の黒色が引いて行く。
「…話を戻すか。さっき話した四門の使命だが、それは今果たされていない。果たすべき相手がいない、というのが正しいか」
「ふうん」
 たいして興味も無さそうに、背中を向けて二人が闘っている倉庫を見つめている由音に、日昏は苦笑混じりに肩を竦める。
「君を守羽の右腕と見込んで話しているのだがな、今後関わっていくつもりなのであれば、多少は知っておいた方がいいと思うが」
 よく聞こえるようにわざと声を張った放った言葉に、背中を向ける由音の耳がぴくりと動いたのを確認して日昏は話を再開させる。
「使命とは四つの門の中心点、それを守護する者に仕えよこしまな思惑を持つ者達を払い除けることだ。四方位の真ん中、流れが集束するその一点に何があるかわかるか?」
「知らん!四方向から流れが集まってくるんだから力が水溜りみたいになってんじゃねえの?」
 適当に言ったことだが、日昏は少しばかり驚いた表情で由音の背中を見た。
「…面白いな、君は。当たらずも遠からずだ。四方位から一点に集う力というのは合っている。ただ、そこには集まった膨大な力をさらに管理掌握する門がある。それを制御する一族もな」
 屋根の上を一歩二歩と進んで、日昏も由音が見ている先を眺める。外からではわからないが、今頃あの倉庫内では四門と守羽が闘いを続けているはずだ。
「その力は極めて高純度で、自在に操ることが出来れば、それは人にして人を超えた莫大な力を手にすることと同義。故にその門を管理する一族はこう呼ばれたそうだ…『神へ至る門の守人もりびと』とな」
「…っ、それって」
 由音が何かに気付き、顔を上げて日昏を振り返る。日昏はその視線を受けて、どう表現したらいいのかわからない表情をしていた。
「それが『神門』の一族。『四門』とは、中心点である神に等しい力を強力な門によって抑え付けている彼らを補佐し、付き従う献身の家だ。…だからこそ、四門は……操謳はその尽くすべき相手を失ったことに憤っているのさ」
 どこか憐憫や同情を思わせる複雑な感情を乗せた瞳で、日昏は最後に自らの友であった者の姿を想起させながら、小さく呟く。
「旭は陽向を棄て神門と成ったが、成さねばならぬ役目を全う出来てはいないからな」
 それは、理解したいのにすることができない、想いの通じ合わない相手への言い知れない寂寥感を漂わせる声音だった。

       

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