Neetel Inside ニートノベル
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「四門操謳は…殺さなかったのだな」
「ああ。加減したつもりはなかったが、しぶとく生きてた。余裕があるなら介抱くらいしてやれ」
「そうしよう。…守羽よ」
「なんだ」
「お前は、それを選んだのだな?」
「……ただ仕留めそこなっただけだ。勝手に深く勘繰るんじゃねえよ」

 今回は単純に俺と四門との闘いに余計な介入をさせない為に姿を現した日昏との別れ際、短くそれだけの会話を交わして日昏はいつ崩壊するかも知れぬ大破した倉庫の中へと迷いなく入っていった。
 ヤツともいずれは決着をつけねばならないとは思うが、流石に今日このまま連戦する気にはならなかった。日昏自身、今日は四門の戦闘を優先して自分の目的は脇に置いていたような様子だった。たぶんだが、ヤツもまだ父さんを狙う機会ではないと判断している。
 それに、俺が目下最大限に気を払わなければならないのは退魔師ではない。
「はあ。四門を倒したと思えば、立て続けに今度は大鬼と来た」
 大鬼からの言伝を額面通りに受け取るならば、酒呑の野郎は近い内に俺へ接触してくるはずだ。また前のように、いきなり殴り込んでくるというのなら俺もどこに身を置くのか考えなければならないだろう。まさか家に直接乗り込んで来たりはしないと思うが…うん、思いたい。
「一難去ってまた一難、ってか」
「ぶっちゃけありえない?」
「まったくだ」
 例の如くで血塗れズタボロの衣服を纏う由音と軽口を叩き合いながら帰る。俺も似たような有様なので人に見つからないようになるべく早めに家まで帰り着きたいところだ。
「大鬼かあ……ほんとに化物だったなアイツ。勝てっか?」
「勝つんだよ。負けってのは、そのまま死ぬってことだ。俺は死にたくない」
 無論、引き分けも無い。完膚なきまでの完勝など不可能だ、あるとすれば死の淵を綱渡りするかのようなギリギリの辛勝がやっとってところか。
「守羽はかなり強くなってるよな、オレも負けてらんねえぜ!あの鬼が来る前にもっと“憑依ひょうい”を使いこなせるようにならねえと!」
「……ああ」
 そして当然とばかりに次の戦いに意気込む由音に曖昧な返事をして、俺は密かに考える。
 あの大鬼・酒呑童子はかつて自らを束縛し首を刎ねられるきっかけになった法力と同じくらい、嘘や小細工といったものを嫌う傾向がある。
 そんな酒呑がわざわざ部下を使って伝えに来た内容が、『自らが直々に赴くまで待っていろ』というもの。奇襲や不意打ちには頼らないという意思表明だとしてもあまりにも遠回しだ。
 まだ予想でしかないが、おそらくあの大鬼の狙いは…。
(…ま、それはそれで好都合か)
 ともかく、俺が逃げる素振りさえ見せなきゃ大鬼は暴れ回って街を壊滅させることもなく一直線に俺へ向かって来るはずだ。近々、というのが一体いつのことなのかは不明だが、それまではこちらからアクションは起こしようがない。待つのみだ。



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「また父さんいねぇんかいっ!」
 由音と別れ自宅に帰り、ようやく溜まり溜まった疑問を全て父親に叩きつけてやれると思ったら、そこには母さんしかいなかった。
「うん、昔の顔なじみと会って来るって言って出て行っちゃったよ」
 居間で湯呑みに満たされたお茶を飲んでいた母さんの言葉に思わず頭を抱える。あ、あのクソ親父……!
「タイミングを考えろよタイミングを…っ」
 どうせ俺が今夜何してたのかも大体知ってるくせに、何故家で俺の帰りを待っていてくれないのか。
「守羽…傷、見せて?」
 俺の全身をざっと眺めて、母さんが手招きする。今更誤魔化すこともないと思ったので、そのまま素直に母さんの隣へ座る。
「ん…じっとしててね」
 雪のように白い両手が俺の胸に当てられると、そこから淡い光が発生し全身を包み込む。
 妖精種固有の技能、他者の傷を癒す治癒の光だ。それによって四門から受けた怪我がたちまち治っていく。
 体を覆う淡い光をぼんやりと見て、それからふと目線を落として小柄な母さんを見下ろす。
 真白の肌、色素の薄い髪、琥珀色の瞳、そして歳に見合わない外見。およそ日本人、いや人間離れしたその容姿。
「妖精……か」
 思わず口から漏れた呟きに、母さんがぴくりと反応を示す。
 母さんはここ最近元気が無い。それは俺が人外や特異家系の人間と関わりを持つようになってからだ。
 きっと俺が自らの出生について知っていくことを恐れているのだろう、となんとなく予想を立ててみる。確証は無い。無いが、これまで一度としてそのことに触れることも触れさせようとすることもなかったことから察するに、今の状況が両親にとって望んでいた結果ではないことは分かる。
 あるいはそれは、『人間』としてこれまで生きたがっていた俺の心情を汲んだ上での気遣いだったのかもしれない。
 そんな俺の考えを読んだかのように、母さんは顔を上げずに小さく口を開く。
「ねえ、守羽。もう知っていることだろうから、言うけど。わたしは…人間じゃないんだ」
「うん」
「妖精でね。昔は妖精の世界を統べる女王としての素質があるって言われて候補に挙げられていたりもしたんだ」
「うん」
「だから、あの……ごめん、ね」
「……」
 母さんの表情は見えなかったが、その肩は震えていた。怪我は完治したのに、未だ胸に当てられたままの両手が俺のシャツを軽く掴む。
「守羽に、人の世界で生きづらくしちゃったのは、わたしのせいなんだ。わたしが人間じゃなかったから、その性質は受け継がれた。君には、それで辛い思いや大変な目に遭わせてきちゃったよね。ごめんなさい…わたしが」
「ッ…母さんは悪くない、何も!!」
 胸に当てられた両手を取って、強く握る。
「なんも悪くねえんだよ!確かに俺は普通の人間じゃないことで色々悩んだりしたこともあったけど、だからって母さんの子供だったことを後悔したことなんざ一度だって無いっ!無いったらないんだよ!!」
 妖精であり、退魔師であるこの身が原因で招き寄せた厄介事だってあった。それで戦って傷ついてきたこともあった。自分の中に流れる性質に思い悩み塞ぎ込んだ時期もあった。
 だけど、父さんや母さんのことを恨んだりしたことだけは無いと断言できる。
 そもそも、俺が自分に流れる人外の性質に関して思い悩むようになった発端は…、
「…俺はさ、ずっと前に凄い強力な人外を倒したことがあるんだ。アイツのやったことがどうしても許せなくて、だから俺は…たぶん、その時に俺は人外が嫌いになったんだと思う」
 それは、かつて俺が『鬼殺し』なんていう嫌な二つ名で人外情勢に知れ渡ることとなった切っ掛けでもある、大鬼討伐の事件。その時に、あの大鬼はやってはいけないことをした。静音さんを傷つけ、この街を滅ぼし掛けた。
「その人外を倒してからしばらくの間、たくさんの人外に狙われ続けてきた。悪意の塊が押し寄せてきた、剥き出しの敵意をぶつけられてきた。あの時から、決定的に俺は人外が嫌いになったんだと思う」
 鬼を倒した実績のある人間を喰らわんと、各地から無数に人喰いの人外が俺を狙ってやって来た。
 その襲撃の日々は、人ならざる者が、人に害成す怨敵しかいないのだという認識を俺の中で確立させるには充分すぎるほどの悪意の総量だった。
「でも最近は、色々な人外を知ることが出来た。そのおかげで俺は人外が人にとって完全な悪でしかないってわけでもないんだって理解できたんだ。俺も、自分の中の人外と向き合って拒んでいた理解を深められた」
 今の俺は、人外の部分も含めてかなり完全な『神門守羽』に近付いてきている。拒んだ力と知識の全てを取り戻しつつある。
 早口に捲し立てるような俺の言葉を受けて少し驚いたような表情で顔を上げた母さんの、潤んだ瞳を真っ向から受け止める。
「だから大丈夫、俺はもう自分のことでうだうだ悩むのはやめにしたんだ。ここからは全てを終わらせるためにだけ動く。母さんは何も思い悩むことなんてない。すぐに全部片付けて、また三人で暮らせるようにするから」
 絡まった幾本もの糸を解きほぐすように、少しずつでも。
「俺は父さんも母さんも信じてる。だから母さんも俺を信じて。二人から受け継いだ力で、必ず終わらせてみせるから」
「……うん」
 しばし口を半開きにしたまま何を言ったものかと思案していた母さんだったが、最後には一つ頷いてくれた。
「わかったよ。わたしも、できるだけ支えるから。だから…がんばろうね」
 母親が妖精だろうが、父親が退魔師だろうが、その子供が半人半妖の半端者だろうが。
 そんなもんは関係ない、取るに足らない些末な問題だ。
 人でも人外でも、どうでもいい。俺達三人は家族だ。これまで仲良く楽しくやってきた、これから先だってそうならなけりゃ嘘だ。
 いや、そうしていく為にも、俺は今を全力で頑張る。
「そういえばさ、母さん」
 ちょっとだけ元気を取り戻したように見える母さんに安堵すると共に、ちょうどいいから本人から直接聞いてみたかったことを訊ねてみることにする。
「レイスとかいう妖精は、父さんが母さんのことを強引に妖精の世界から拉致してきたみたいなこと言ってたけど、実際のところはどうなんだ?」
 本当は、訊くまでもなくそんなわけはないことだと分かっている。だけど、これは決めつけじゃなくて当人らの口からしっかり聞かなければならないことだと思ったから。
「うん、もちろん違うよ」
 母さんは俺の期待を裏切ることなく、幸せそうな笑顔で朗らかに笑った。
「わたしが自分の意思で妖精界を出ることを望んで、父さんは―――あきらさんは、そんなわたしを連れ出してくれた白馬の王子様だったんだ♪」

       

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