Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第四十四話 決闘へ向けて

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 家に戻ると、母さんに膝枕されて唸っている父さんがいた。
「…なにしてんだアンタは」
 鬼との座談会で緊張しっ放しだった俺は、それを見て思いっきり脱力した。母さんが苦笑混じりの顔を向ける。
「二日酔いだって」
「うぅ、頭痛い…」
 顰め面でうーんうーんと呻き声を漏らす父さん。昨夜の顔なじみと会って酒を飲んできたのか。
「いい歳なんだから飲むにしても考えて飲めよ…」
 呆れながらも台所へ行ってコップに水を入れて持ってくる。
「ありがとう…うっぷ」
「頼むから吐くなよ」
 弱々しくコップを受け取って、父さんが起き上がり水を飲む。
「それじゃ、わたしは晩御飯の準備するから。守羽、お父さんのことよろしくね」
「はいはい」
 立ち上がった母さんがにこりと微笑んで台所へ向かう。俺のことに関して気に病んでいた様子は、今はもう無い。
 やっぱりきちんと話をして良かったと思う。
「……大鬼かい」
 嫌でも反応してしまうワードを出され、俺は弾かれるように父さんへ振り返る。
「あれは強いよ、僕もこれまで多くの人外と戦ってきたけれど、あれは別格だ。そもそも伝承の深さと語り継がれてきた歴史が段違いだよ。人外の強さは人間の畏怖と知名度によって大きく変動する。つまり有名な人外ほど単純に強い」
 水をぐっと飲み干して一息ついた父さんがコップを置く。
「なんでも知ってるな、父さんは」
 俺が鬼との因縁を持っていること、その鬼と闘うこと。話していなくとも、おそらく父さんは察しているのだろう。もしかしたら独自の情報ルートがあるのかもしれない。父さんの構築している交友関係は未だ謎だ。
「なんでもは知らないよ、知っていることだけ」
 どこかで聞いたことのあるような台詞を口にして、痛む頭を押さえながら父さんがおちゃらけたように笑って見せる。
「…勝たなきゃいけない。でも今の俺じゃ勝てるかどうかは怪しい。力を取り戻したいんだ。『僕』の野郎は語り掛けても返答しない、本来持っているはずの力が戻らないのはなんでだ」
 既に自覚は嫌というほどしている。俺は人間と人外のハーフで、さらに特異家系の血をも引いているかなり特殊な身だ。どちらも純血でない以上、使える力自体が他の連中に劣るのはしょうがないと理解はしている。
 だが、それを差し引いてもこの身はまだ本来の力を出し切れていない。感覚でわかるんだ。全力を出しているはずなのに、どこか余力が残っているような感覚が。
「ふむ。力が戻らない、か」
 無精髭の生えた顎に手をやって、父さんは俺の全身を観察するようにじっと見る。
「元々、君は自身に強力な思い込みを掛けていたよね。それは暗示でありながら既に一種の封印と化している。…推測だけど、君は無意識化で『陽向』の術式を駆使して自分自身の力を強く縛り付けて封じたんだと思う」
 自らが『普通の人間』でいたいと思うがあまり、普通の人間では持ち合わせることのない力を用いてその力を封じた。自分のことながらなんとも無茶苦茶なことをしたものだ。
「それをどう解放させるかが肝だろうけど、こればっかりは君自身の問題だ。外側からこじ開けられるものでもないしね」
「そっか…」
 自らに施した無意識の封印。これをどうにかしなければ俺は一向に進めない。ただ、ほんの少しずつでも『僕』から力と知識を返納してもらっている以上、この封印も完全ではない。あるいは緩み始めている可能性が高い。
「しかしそれでも、君はかなり多くの手札を持っているよ」
 指を一本立てて、父さんは俺の手札とやらを説明し出す。
「まず妖精の力。これは治癒と属性掌握能力のことだ。ただ、妖精の治癒っていうのは他者を癒す力であるから自分自身の傷は治せない」
 少し前までは、その力で自分の傷を治せていたのだが…あれはおそらく例外だろう。
 一つの体に分離した二つの人格が存在していた為、『僕』を認めていなかった頃の俺には妖精の力すら別個のものとして切り離していた。表層に浮き出た『僕』が神門守羽の肉体を治癒できたのも、そうした認識の捻じ曲げで発生していた矛盾だろう。
 もう『僕』という人外の力を受け入れた今の俺に、その裏技じみた回復は使えない。
 次に、と父さんは指をもう一本立てる。
「退魔師の力。これは特異家系の遺伝で強制的に知識と力が継承される仕組みになっていて、たぶん君もその例に漏れない。“倍加”の異能も同じだね、本来異能は後天的に付与される力だけど、『陽向』の継承で先天的に付加されていたんだ」
 こっちの方は大体理解していた。始めから刷り込まれていたかのように退魔の術が思い浮かんだのは、その継承とやらのおかげだろう。これがなければ俺は昔に鬼の手によって殺されていた。
「最後に、…これは使い物になるかどうかわからないけど。『神門』」
 その姓名に、俺も神妙な顔で受け答える。続けようとしていた父さんに待ったを掛けて俺は話す。聞きづらいけど、聞かねばならないことがある。
「その前に父さん。父さんは……本家『神門』の当主を殺して神門に成り代わったっていうのは本当のことなのか?」
 少しだけ驚いたような表情になってから、父さんはいつもの柔らかい顔つきに戻った。
「誰からそれを?まあ、日昏か四門くらいしかいないか」
 肯定はしなかった。ただし、否定も。
 それはつまり。
「本当だよ。僕は本家本筋の神門家当主を殺した。それから当主の体から『神門』の力を剥がして、自分の体に定着させた。これにより、僕は『陽向』から脱却することに成功したんだ」
「なんの、為に」
 うまく言葉が出て来なかった。信じたくなかったのもあるし、父さんが人を殺していたことを本人の口から聞いたことが思ったよりショックだったのかもしれない。
 俺の顔を見て諦めたように、父さんはあまり気乗りしない口調で自分の過去を話し始めた。
「僕はね、陽向家が嫌いだったんだ。あの家は人外を皆殺しにする勢いで活動していた。善悪の見定めもせず、ただ人ならざるモノを害悪と断じて滅してきた。だから抜けようと思った。その為には特異家系のしがらみを振り解く必要があったんだよ」
 四門が言っていた、血族の縛り。
 謀反や裏切りを事前に防止する為の保険。家に牙を剥く抵抗を無力化させる首輪、意思を半ば強引にでも矯正させる封印術式。
 それが特異家系の人間には仕込まれている。
「もう君は知っているかもしれないが、神門というのはその名の通り『神の門』。手にすれば神にすら至れるという莫大な力を抑えた門を守る番人。それだけの力があるなら、一家系に属する一個人の問題をどうこうする程度なら造作も無い」
 そこまで聞いて、俺も気付いた。
 血族の力をどうこうしようというのなら、それが可能なのもまた血族の力。
 父さんは…、
「僕は『神門』の力を使って、強引に『陽向』の縛りを叩き壊したんだ。そして僕はようやく大嫌いだった陽向家から本当の意味で絶縁することが出来た」
「…その為に、父さんは神門の人間を殺したのか?」
 意図せずして、その言葉には責めるような色が混ざってしまった。自分の為に他人の命を犠牲にしたという、その事実を俺はどうしても受け入れられなかった。
 だって、父さんはそんな人じゃないってずっと思っていたんだから。これまでの生活でだって、そんな冷徹な様子を見せたことは一度だって無かったんだから。
 信じられなくったって、仕方ないだろう。
 誰にでもなく俺は心中で呟いていた。
「……そうだね。色々あったけど、要点を纏めればそういうことだよ。僕は神門家当主を殺し、その力をもって陽向から縁を切った」
「…っ」
 何か言ってやりたかった。何を言えばいいかわからなかった。
 この外道がと糾弾すればいいのか、胸倉でも掴んで怒鳴り散らせばいいのか。
 ―――違う、と思った。
 何かおかしい。本当にそれだけか?
 自分の家が嫌いだったから、他人の力を利用して無事に絶縁できました、利用したその力の持ち主は死んじゃいました。そんな悪逆非道なエピソードで本当に締めなのか?
 違うはずだ、思い出せ。
 俺が最初に自分のこと、父さんのことを問い質した時に、父さんはこう言ったはずだ。
 『今は陽向の姓を捨て、ある人から譲り受けた「神門」の姓を名乗っている』、と。
「…すうー、はあぁ…」
 今にも口から飛び出そうだった激情を抑え込み、冷静さを取り戻す為に深呼吸を一つ。父さんはそんな俺を不思議そうに見ていた。
「そっか、わかったよ。大体流れは理解した」
 努めて平静を維持して、俺はいつもの調子でそう頷いた。
「…何も言わないのかい?」
 困り顔で父さんは言った。俺が怒ってなんらかのアクションを起こすことを想定していたのか、肩透かしを食らったような表情だった。
 きっとそういう事態になるだろうと確信していたからこそ、今まで言わないで来たのだろう。下手をすれば一生ものの仲違いになる可能性もあった内容だから。
 でも俺は今の話を鵜呑みにはしない。これ以上を話したがらない父さんからはもう聞かないが、おそらくこのエピソードは重要な部分が欠けている。
 譲り受けたということは、強引に奪い取ったわけではないということ。父さんは神門家当主を殺したと言ったが、そこにも何かある。思うに、ただ自分勝手な事情でのみ殺したというわけではないはずだ。
「正しく全部を知ったら、その時は言いたいこと全部、父さんにぶちまけるよ」
 俺の予想が見事当たっていて、父さんは俺の知る通りの父さんであったと安心できることを切に願いながら、俺はそう返してこの話を締め括った。

       

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