Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第五十二話 いざ赴くは妖精の聖地

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「…う…ん…」
「守羽っ!」
 薄く開いた瞳に真っ先に映ったのは天井ではなく、
「……母さん」
「うん、大丈夫?痛いところは?具合は悪くない?」
 俺よりも年下に見える童顔小柄の少女みたいな母親が俺の顔を覗き込みながら質問攻めにしてくる。
 起き上がってみれば、ここは俺の家の、俺の部屋だった。当然ながら寝かされていたのも俺のベッド。
 全身の傷は治っていた。母さんの、妖精としての治癒能力だろう。あれだけの重傷を完治させるなんて、母さんはかなり強い力を持っているのかもしれない。
「痛いとこは、ない。ただ体が重たくて、すげえだるい…」
 風邪で寝込んでいる時に似た、全身の倦怠感があった。正直体を起こしていることすら辛いほどだ。
「相当無理したんだね。わたしの力は疲労まで抜けるものじゃないから、しばらくは横になっていた方がいいよ」
 俺の胸を押して寝かせようとする母さんの背後でドアが開き、一人の男が入って来る。焼け焦げ煤けたような赤茶色の髪をした褐色肌の男。
 …見覚えは、ある。だがどこで見たんだったか。
 男は俺が起きていることを確認するや少しだけ目を丸くする。
「おう、起きてやがる。数日は目を覚まさないと思ってたが、流石は『鬼殺し』ってとこか」
「アル」
 母さんが男の名を口にして、ピンときた。気を失う寸前に俺を助けてくれた男だ。確かあの妖精二人がこの男のことをアルと呼んでいた。
「起きたんなら降りて来い。話がある」
「待ってアル。まだ守羽は動けるような状態じゃないよ」
「姐さん、聞ける時に聞いた方がいいと思いやすぜ。旦那の…神門旭の息子であるコイツは、なおさら今の状況を知っていないといけねえ」
「でも…」
 二人の会話からなにやら不穏な空気を感じ取った俺は、母さんの手をどけてアルと視線を交差させる。
「父さんは…俺の父親がどうした」
「知りてえんならさっさと来い。お前のダチもいんぞ」
 それだけ言ってアルはさっさと部屋を出て行った。俺もベッドから両足を下ろして立ち上がる。一瞬足がもつれたが、どうにか歩く程度は問題なくやれそうだ。
「守羽…本当に大丈夫?」
「ああ、平気だよ母さん。それより、早く下に行こう」
 何か言いたげな母さんを引き連れて、俺は僅かに震える脚で階下の居間へ向かった。



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 居間に入ると、なんだか剣呑な空気が広がっていた。その元凶を辿っていると、あまり見たことのない眼力で睨みを利かせている由音が壁に背を預けている。片方だけ伸ばした足の太腿には、身を丸めたシェリアが頭を乗せてすやすやと眠っていた。
 どういう状況だろうか、これは。
「どうしたお前」
「守羽!無事だったか!」
 俺の顔を見た途端にいつもの快活な表情に戻った由音が、再び視線を元に戻す。その先には、壁に寄り掛かる二人の妖精がいた。
 片方は胡坐をかいて一振りの日本刀を肩に立て掛けたアル。俺を助けに来た時はボロボロの状態だったが、今は傷の一つも無く包帯もギブスも外されていた。俺と同じく母さんに治してもらったか。
 その隣にいるのは初めて見る顔だ。抹茶のような深緑色の髪をスポーツ刈りにカットした青年。歳の頃はアルと同程度に見える。
「来たか」
 アルが顔を上げる。由音の視線にはどこ吹く風でまるで応じない。その隣の男も同じくで、マイペースに俺へ軽く会釈してきた。
「前に会った連中だ」
 由音が警戒心を隠さずに言う。前、というと副会長に絡んできた三人の人外のことか。あの時は正体も目的もわからないと要注意していた連中だが、今となってはその正体も明らかだ。
「父さんの仲間だったんだな」
「ああ。俺はアル、こっちはレン。あともう数人いるんだが、かつてお前の親父を長として同盟を組んだ昔馴染みだ」
 指で隣のレンを示したあと、その指でカーペットの敷かれた床を指した。座れという意味と汲んでその場に胡坐で腰を落とす。隣に母さんが座った。
 中央に置いてある四角いテーブルの前に座る俺と母さん。俺から見て左側の壁に由音が寄り掛かり、シェリアが眠りこけている。右側にはアルとレン。
「長々説明すんのもだりぃ。手早くちゃちゃっと行くぜ」
 軽く咳払いして、アルが切り出す。
「まず初めに、俺らの大将神門旭はこの街に集まってきた勢力に対応する為に俺達を招集した。陽向、四門、妖精連中。お前が倒した四門も、本来であれば旦那が処理するつもりだったらしい。大鬼のことも、万が一に備えて色々用意はしてあった。この刀とかな」
 言って肩に立て掛けた刀を示す。童子切安綱、アルが回収していたのか。
「旦那の最大の因縁である陽向日昏、コイツとの決着はお前の大鬼との決闘とほぼ同時に行われた。さらに同時に攻めてきたのが妖精連中の組織、名前が、あー…」
「『イルダーナ』」
「そうそう、それだ。ハッ、一丁前に太陽神の名前を付けるとかどんだけ図々しいんだっつのボケ共がよお」
 レンのフォローに頷きと罵倒を織り交ぜ、さらに説明は続く。
「『イルダーナ』は漁夫の利を狙い、それぞれ疲弊したお前と旦那を捕縛しようと動いた。ついでに姐さんもな」
「父さんは…捕まったのか」
 この場にいない父親の行方を察してまさかと思いながら口を開くと、アルは重々しく頷いた。
「旦那は陽向日昏との闘いに向かう前に俺ら同盟仲間に命令を下した。お前と姐さんを、自分の家族を守ってくれってな。俺達は旦那の意志を尊重した。だから『イルダーナ』からお前を守ってここまで連れて来た。戦力の都合上、旦那を助けるまでは手が回らなかったのが痛かったが…それは旦那も承知の上だった」
 『イルダーナ』…おそらくはレイスやシェリアが所属していた組織のことだろう。あのジャックフロストやレプラコーンも。妖精種にしてはやたらと実力派集団のようだ。たとえ俺や父さんが万全の状態だったとしても、一斉に掛かられたら厳しいかもしれない。
「で、連中は最大の目標である旦那を捕縛して撤退した。妖精界…つってもお前にゃなんのことだかわからんか?」
「“具現ぐげん界域かいいき”のことだろ。それくらいは知ってる」
 人間種が集団で願い望んだ共通の認識や現象を『人外』や『異能』として現出させる機構システムを人外が利用して生み出した、世界を生み出す術式。それは人の世に居場所を失くした人外達が望む共通の空間せかいを想像し創造する。
 父さんはその『妖精界』に連行されたのか。
 そこまで聞かされて、俺はふと気になったことを視線で訴える。その先にいるのは由音の太腿に頭を乗せて眠るシェリア。
「由音」
 事情を知っているであろう由音に説明を求める。撤退した『イルダーナ』の一員であるはずのシェリアが、今なお組織からはぐれてこの場にいる理由を訊く。
「シェリアは…守羽の親父さんが連れてかれるのを反対したんだ。でも連中は聞き入れなくて、それで『イルダーナ』ってのから離れた。この子はお前や親父さんを庇ってくれたんだ」
 もはや敵と認識しても問題ない組織の一員であるという事実から守ろうとするかのように、由音が早口で捲し立てる。
「守羽、シェリアは敵じゃねえ!今まで一緒だったレイスと離れてまで、コイツは人間こっちに味方してくれたんだ!だからよ!」
「わかってる、別にシェリアをどうこうしようと思って訊いたわけじゃねえ。だが、そうなると…」
 そうなると、この子は自らの居場所を自ら手放したということになる。妖精としての、組織としての、仲間達がいた場所を放棄したのだ。
 その時、体を丸めて横になっていたシェリアが無言で起き上がった。
「…………ごめんね、シュウ」
 開口一番、シェリアは顔を上げてそんなことを言った。いつから起きていたのか、どこまで聞いていたのか。
 ただ弱々しく謝るシェリアの目は少し充血していた。もしかして、泣き疲れて眠っていたのか。
「ごめんね、アキラ、取り返せにゃかった。レイスも、ラナも、ファル爺も、聞いてくれにゃかった。…ごめん…」
 こんなに落ち込んでいるシェリアは初めて見る。仲間達に自分の意見が聞き入れられなかったことが悲しいのか、止められなかった自分が悔しいのか。
 予想でしかないが、おそらく妖精種は大半が神門旭を大罪人として憎み恨んでいる。それはもはや妖精達の中では当然のことなのだろう、一切の疑問を抱える余地がないほどの。
 妖精種の中ではシェリアが異端なのだ。人間と多く関わり、人の世を知ったシェリアだからこそ抱いた疑問。組織仲間とは決して共有できない認識。
 だからこそ組織の思惑に反発を覚え、離反した。シェリアにとっては辛い決断だっただろう。
 けれど、俺や父さんのことを想ってしてくれたその決断は、俺にとってはとても嬉しいものだ。俺が責めることも無ければ、シェリアが謝ることもない。
 俺はアルに顔を向ける。
「『イルダーナ』は間違いなく妖精界に戻ったんだな?」
「ああ、レンが確実に行方を追ったからな。だろ?」
 確認を取ると、レンは浅く頷いた。
「街中の監視カメラをジャックして拾い集めた情報だからな。連中は気配を隠せて人目を避けられても、人の世の機械ってやつには疎い部分がある。しっかり映ってたよ」
 監視カメラ、ジャック。
 まるでハッカーのような発言だが、別にパソコンをカタカタ操作して違法に入手した情報ではないんだろう。じっとレンの姿を凝視して、その正体を暴く。
「……なるほど、グレムリンかお前」
「そ、アル・ ・ヴだからアル。グムリだからレン。安直でわかりやすい名前だろ?」
 真名がバレてもあまり気にしていないようで、自分とアルを指差して軽く肩を竦めてみせるだけだった。
 ともかく、父さんは確実に妖精界に連れて行かれた。ならばやることは一つしかない。
 まだ力の入らない両足を震わせながらどうにか立ち上がる。まず最初にしゅんと猫耳を垂らしたシェリアに視線を合わせる。
「お前は事が収まるまで静音さんの家で厄介になれ。たぶん歓迎してくれるはずだから。由音、シェリアを頼むわ、家まで連れてってやれ」
「おう!」
 元気よく返事して、由音が立ち上がる。由音の手を借りながらシェリアも立ち、玄関まで向かう途中で一度止まり俺を見た。膝を折って目線を合わせる。
「シュウ…」
「ありがとな、父さんの為に。しばらくは人間の世界で我慢してくれ。俺がどうにかしてみせるから」
 ポンと頭に軽く手を置いて、由音が連れて行くのを玄関まで見送る。
「由音、明日また家に来い。大事な話がある」
「…合点!!」
 玄関扉が閉まる直前に伝えた言葉に、全て分かり切ったような表情で最後に由音は応じた。
「さて」
 居間に戻り、残ったアルとレンからの何か言いたげな視線を受ける。
「大将がいなくなったわけだが、お前ら同盟とやらはどうする?」
「その前に聞かせろよ旦那のせがれ。お前は何をする?」
「決まってんだろ」
 愉しそうに目を細めるアルへ、吐き捨てるように返した。
妖精側む こ うにとっちゃ大罪人だろうが、こっちからすりゃ一家の大黒柱が拉致されていい迷惑だ。ふざけやがって」
 苛立ち紛れに頭をがりがりと掻くと、アルは俺の様子を愉快げに眺めて結論を促す。ギシッと握る刀の鞘が握力で軋む音が聞こえた。
「と、いうことは?」
「ああ」
 言わなくてもわかっているであろう答えを、あえて言葉にして決意を固める。

「殴り込みだ、くそったれ」

       

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