Neetel Inside ニートノベル
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「…ねえ、守羽(しゅう)」
学校を出た途中の道で、静音さんに名前を呼ばれた。
「はい、なんですか?」
「力、使ったの?」
それだけの言葉で、静音さんが言いたいことがわかった。
二年の先輩に絡まれた時に、俺が異能を使って追い払ったのか、と。
静音さんはそう訊いたのだ。
「はい、使いました」
だから、俺もその問いに対して簡潔に答える。
「……そう」
俺の返答に、静音さんはそれだけを吐息混じりに呟いた。
良いとも、悪いとも言わない。
わかっているんだ、俺が使いたくて使ったわけじゃないことに。俺が自分の力をあまり使いたがらないことを、彼女はよく知っているから。
だから彼女は、
「あまり、無理はしないでね。どうしようもなかったら、私がなんとかするから」
そう、俺を気遣うように言ってくれた。



静音さんとはT字路で別れた。
上品に手を振る静音さんに同じように手を振って、俺は彼女の背中が見えなくなるまでその場で見送った。
本当なら、まだ明るい内だろうが家まで送り届けるべきだったんだが。
そういうわけにもいかなかった。
(最悪だ…)
視線を上にやると、電柱の上にいた『何か』はすぐさま飛んで姿を消した。
あのふざけた身のこなし、そもそも電柱の上にいた時点で普通じゃない。
(人外、か)
人でない者。
面倒臭い。が、放っておくわけにもいかない。
どうせ、ヤツは今夜にでもまた出るだろう。どうあっても俺に構ってほしいらしい。
実に久しぶりだが、仕方ない。
来る以上は迎え撃つだけだ。



「ただいま」
ごく普通の一軒家の玄関で、俺はいつも通りの帰宅の挨拶を投げる。
「あーおかえりー」
玄関から続く廊下の奥から返事が届く。
靴を脱いで、居間へ向かう。すると、居間から繋がっている台所からぱたぱたと軽い足音を立てて一人の女性がやってきた。
「お疲れさま、守羽。学校はどうだった?」
「いつもと変わらないよ」
母さん、と言っても初見の人は誰も信じない。
その理由は、顔が似てないからとかじゃない。むしろ俺は母親似って断言できるくらいに母さんと顔立ちは似通ってる。
だからよく言われる、姉弟と。
ありえないくらい若い外見のせいで、うちの母親は俺の姉だと間違われる。息子である俺の目から見ても、二十代前半、下手すりゃ十代でも通る幼さだ。
未だに近所では母親だと信じていない人がいるし、未だに同級生の中には俺に姉がいると思ってるヤツがいる。
可哀想なのは父さんで、たまに犯罪者扱いされたりロリコンと指差される時がある。時折涙目で帰って来る時とか大抵そういう時だ。
でも父さんと母さんは同年代らしいから、少なくとも四十代であるのは間違いないはず。
なんだが。
「そう?なら良かったね」
にっこり笑う母さんはどう見ても四十代の母親には見えない。もしかして本当にこの人は俺の姉で、男手一つで俺達姉弟を育てた父さんの嘘なんじゃないかと思ったことも何度かある。
でも俺も物心ついた時からずっとこの人に育てられてきたのは覚えてるし、あの頃から母さんは今とほとんど変わらない見た目だった。
もしかして母さんは若い時代が長いという野菜っぽい名前の戦闘民族の生まれではないのだろうかと、そう疑わずにはいられない。
「どうしたの?」
「い…いや、なんでもないよ」
小首を傾げて見上げて来る母さんの身長は俺よりも頭一つ分低い。中学生みたいだ。
……うちの父さんが犯罪者でないことを祈ろう。
「ふうん?あ、そうだ守羽。今日お父さん忙しくて帰ってこれないって」
「そっか、わかった」
そのロリコン疑惑常時浮上中の父は、本日不在らしい。そう珍しいことでもないので適当に流すが。
「ああ、そうだ母さん」
俺も伝えておかねばならないことを思い出し、台所に戻り掛けていた母さんの背中を呼び止める。
「うん、なあに?」
「今日の夜、少しうるさくなるかもしれないけど気にしなくていいから」
俺の言葉を聞いて、母さんの顔が途端に不安げになる。
「…また、なの?」
「そう」
「大丈夫?」
「わからんけど、追い返すくらいなら出来ると思う」
事情を知っている母さんはそれでもまだ表情を暗くしていたが、俺が笑って「平気だよ」と言うといくらか強張っていた顔が和らいだ。
「無理はしないでね?」
静音さんに言われたことと同じことを母さんからも言われ、思わず笑みが苦笑に変わる。
どうせ狙いは俺だ。母さんに害が加わることもない。
俺のせいでやってくる奴だ、俺が責任を持ってどうにかしなければいけない。
追い返せれば追い返す。
それで無理なようであれば。
殺す。

       

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