Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第十四話 『僕』の本領

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「静音、掴まれ。離すなよ」
“復元”によって深手を元通りにしたカナが一鳴きすると、呼応するように肉体がメキメキと音を立てて膨張する。筋肉が肥大化し、ただの柴犬だったのが外見二周りも三周りも大きな茶褐色の狼のような姿に変貌する。
その背に静音を乗せ、言われた通りに背中の長い茶色の毛を両手で握ったのを確認し、カナは四肢を踏ん張り一息に夜空を跳ぶ。
「待ってっ、守羽が…」
「ん、いや別に。問題ねえよ静音さん」
浮遊感に包まれながらカナの背に乗った静音が声を上げると、そのすぐ隣で当の本人がいつもの調子で返事した。
狼のような犬が、犬歯の覗かせて口を開く。
「ここに追い付くか。それで何倍になる?」
「脚力百三十倍ってとこか。お前こそ、そんな姿ナリになれたんなら最初からやれよ」
「期待するな、ただの見かけ倒しでしかない。小回りも利かぬ上、出せる力もそう変わらんのでな。力を削がれてから色々と創意工夫してみたが、これが精々であった」
「は、そうかい」
「それで、離れるのはいいがどこへ向かえばいい」
「夕方にいたあの廃ビルんとこだ。わかるだろ」
「承知した」
あれだけの高さまで跳躍したというのに、着地の際には手足を柔らかく曲げて衝撃を殺し何事もなく建物の屋根に降りたカナの背中で、背後に顔を向けながらこれまた器用に着地した守羽が左目を擦りながら、
「…ああ、どうりで視野が狭いと思ってたら、目もやってたんだったな。左手もおかしい。まったく、静音さんありきでの無茶なんだろうが、どうにも自分の身を大事にしないな、『俺』も」
呟きつつ、守羽は右足の甲を貫通していた小刀を引き抜く。両足に刺さっていた他の凶器も全て抜いて、屋根の上にぽいと捨てる。
栓を失った傷口から流れる鮮血が勢いを増す。
「その傷、早く治さないと…!」
「うん、そうだな。とりあえず」
カナの背から降りようとした静音を片手で制して、守羽は右手を足の傷口にかざす。
夜の暗さの中で、守羽の右手の内側から暖かな光が灯るのを静音は見た。その光を灯す右手で撫でるように傷口をさすると、一瞬傷に光が移り、そしてそのまま消えた。
「これでいいか」
出血の止まった両足をぺしぺしと叩いて、守羽は軽く屈伸してみせる。
止血どころの話ではない。破けたシューズやズボンから見える皮膚には、傷痕すら残っている様子はなかった。
(治癒……異能の力?でも守羽の力は“倍加”だけじゃ…)
しかも治せるのは裂傷だけではないようで、開かない左目にも同じ処置をして視力を取り戻していた。右手の平に左拳を打ち付けて、骨に異常をきたした左手もそれだけで治す。
「ん、ざっと治したかな。で、次は」
顔を上げた守羽の目の前に、唐突に地上から跳び上がってきた影が大太刀を向けて振るう。
「テメエか」
上体を前に倒して横薙ぎの一撃を避け、その胴体に一発叩き込んだのちに反対の手で掌底を打ち込み距離を取る。
「早いな、もう来たか」
「元々の『口裂け女』としての速力だけじゃねえな、まだ何かある。速さ関連で言えばジェット婆辺りが妥当な線か?」
屋根の端と端で、互いが睨み合う。
「カナ、ちょっと先行しろ。思ったより速いから二十秒くらいずらして僕が牽制しつつお前に続く。静音さん振り落としたら許さんからなお前」
「今の君にそう言われると身が竦むな。了解した」
数歩前に出て、跳び上がるカナのスペースを空ける。
「ま、そういうわけなんで静音さん。すいませんがもうちょい我慢してくだせえ」
ぐっと身を屈めて跳躍の姿勢をとったカナにしがみ付きながら静音はこくこくと頷く。
「守羽も気を付けてね。今の君なら…心配いらないのかも、しれないけど」
未だ戸惑いを抱いたままの静音に、ふっと笑んだ守羽は親指を立てた片手を掲げる。
直後に人面犬は再び跳び上がり、夜空の中に消えていった。
(な、ほら。静音さん困ってたじゃねえか。さっさと終わらせて安心させてやれよ『俺』。僕の出る幕なんて、最初ハナっからどこにもねえんだからさ)
「ギッッヒャヒャ……トン、カラ、トンッッ!!」
「ふっ!」
消えていった人面犬の姿を見届けて、守羽は人の限度を超えた“倍加”を巡らせた肉体で大太刀を片手で振り回す口裂け女と素手で対抗する。
(一撃の重さも結構なもんだが、口裂け女自体の移動速度も中々ぶっ飛んでんな。これ鎌鼬の移動術といい勝負じゃねえか?)
屋根を踏み抜く勢いで口裂け女は横に回り込み、あるいは真上に跳んであらゆる角度からその長大な刃を人体の急所へ捻じ込もうとしてくる。
「っとぉ!」
大太刀を躱した先で、ブーメランのような曲線を描いて飛来した複数の鎌が守羽を包囲する。
回転しながら迫るそれら凶器の刃達を、守羽は視認して迎撃する。
素手で、ではない。
「湿気が多くて助かったな、今日は」
守羽の周囲に、水が浮いていた。それは宇宙空間でのようにいくつかの水球として彼の周りを浮遊していた。
飛来する鎌が守羽に接触する直前に、空気中の水分が急速に集い密度を増して、鞭のようにしなって鎌を弾き飛ばしたのを確認していた口裂け女が、象徴とも言える不気味な笑みを崩さぬままに器用に眉を顰めた。
たいした自我も持ってはいない口裂け女でも理解できた。いくら異能を有しているとはいえども、これは普通の人間が出来る芸当ではないと。
「その投擲能力も厄介だな。対応策ならいくらでもあるが」
ジャギン!!
空中を漂っていた水球が無数に分裂し、音を立てて形を変える。
それは小さな刃の群れ。カッターナイフのような小指程度の尺の、鋭利に先端を尖らせた水の刃。
向きを揃えて口裂け女を標的に空中で静止するそれらに指示を与えるように、守羽は人差し指で敵を指す。
「お前にはあるか?対応策。丁度いいから試してやるよ、数と速度はちょっと盛るけどな」
それぞれが直線だけではなく、曲線や直角といった各個独自の軌道をもって。
敵を穿つべくして尋常ならざる速度で水の刃が撃ち出された。

       

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