Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第二十二話 彼の決意、彼女の決心

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唐突に現れた男が放った唐突な言葉に、その内容に、静音は数秒黙考してみた。
が、わかるはずもなく。
「ひなた…?」
男の言葉を繰り返し呟くことしかできなかった。
名乗るというからには、男の名前のことなのだろうか。そして『神門』の関係者。
神門守羽の関係者であり、『ヒナタ』という単語に反応を示すこと。それがどういう意味を持つことなのかも、やはり静音にはわからない。
「…知らないか。ならばそれはいいことだ、知って良いことはない」
煙草を咥えたままの男は、勝手に一人で頷いて静音の姿をまじまじと見る。
初夏だというのに暑そうなダークスーツをネクタイまできっちり着こなした男は、あの女よりもやや年上、二十代後半程度には見える。
清潔感溢れる黒い髪を、目にかかるか掛からないかのところで揃えてある。
精悍な顔立ちとそのダークスーツの外見も相まって、どこぞのSPかボディガードだと言われても納得のできる雰囲気を放っていた。
その男がまたも口を開く。
「君は神門の何だ?」
「……友達」
その問いにはすぐに答えられた。
…………本当なら、今の答えの前に『今はまだ』と付け加えたかった静音だが、自身の色恋情事を赤の他人に話したところでどうしようもないと考え端的に友人とだけ返す。
それに対し、またも無言で頷いた男が次いで質問する。
「奴の気配を追ってここまで来たが、やはり神門と無関係ではなかったか。それで、君は何故ここにいる」
「…それは」
「そりゃーここで死ぬからだ、その女は。神門んとこのご学友だからなー」
男の背後から声が聞こえ、静音と男が同時にそちらへ視線を向ける。
そこにいたのは、自分を拉致した女。今現在守羽と由音が戦っていたはずの女。
女はほつれて解けかけた栗色の三つ編みを垂らして、不気味に折れ曲がった右腕を押さえて立っていた。
「随分な有様だな、四門。その様子では負けたか」
「戦略的撤退と言えクソが。神門一人なら楽勝だったのによー」
「…」
二人の会話を聞いて、静音は守羽と由音が負けて殺されたのではないのだとわかり表情に出さないまま胸を撫で下ろす。
「で、なんでてめーがいるわけ?なにしに来たの」
「逸ったお前を止める為にな。若干手遅れだったようだが。あれほどやめておけと電話で言ったというのに」
「うっせー」
「それにお前、神門を殺すつもりだっただろ?それもならないと言ったはずだ。生かして捕まえろと」
「うっせーっつってんの、聞こえなかった?なに、難聴かお前?その耳使い物にならねーならあたしが引き千切ってやるよ、おら顔前に出せコラ」
「……」
睨み凄む四門に駄々っ子を見るような目で男が溜息を吐く。そのままちらと静音を見て、
「…生きていてよかったな。神門が本当の意味で本気を出していれば、お前に勝ち目はない。その少女にも手を出さなくて正解だ」
「馬鹿か、退く前にそいつは殺して行くんだよ。たりめーだろ」
「駄目だ。撤退するというのならすぐ行く。この娘は無傷で返してやれ」
感情の読めない表情で言う男に、四門は目を細める。
「…ふーん」
「……」
ヒュッ
「っ?」
何が起きたか、静音には理解できなかった。
ただ、いきなり自分の眼前から尖った鈍色の何かが風切り音と共に飛び出し、それが額の数ミリ手前で止まった。
止められていた。
「…やめろ、四門。こんなことをしてる間に神門は近づいているぞ」
「じゃーとっとと殺さねーとなー」
血を滴らせて、男が静音に死をもたらそうと迫った短刀の刀身を掴んで止めていた。
強引に力任せな刺突を敢行しようと短刀を突き出す四門に、男は握力のみでそれを止める。
どう見ても届くはずのない四門の短刀が空間を越えて跳んできた理屈や能力は静音にはわからなかったが、危うく即死していたかもしれない状況を前に今更ながらに冷や汗が頬を伝った。
「今のお前では無理だ。俺には勝てない」
「やってみっかー?」
「強化の準備すらも済んでいないお前のスペックで、本当に俺に敵うと思っているのか?」
「……、ッ」
男の言葉に図星を突かれたらしい四門が、一瞬だけ悔し気に歯噛みする。短刀の刀身が空間に溶けて消え、手元の柄から先に戻った短刀をジーパンに差し挟んだ鞘に納める。
「チッ、これでいーんだろ」
「お前の気持ちはわかる。だがここはおとなしく退け。もしここでこの娘を殺してしまえば、俺達はおそらく地の果てまで本気の神門に追い回されるぞ」
「へーへーそーですねー」
片手を振って面倒臭そうに話を打ち切った四門が、回れ右して倉庫から出て行く。
「やれやれ。…さて」
出て行った四門のあとを追うように三歩ほど前に出た男が、顔だけ振り返って静音を見た。
「君の名、訊いても?」
「…久遠、静音」
そうか、と一言呟いてから、男は続けてこう言った。
「久遠。ここから先は荒れるぞ。今回のような目に遭いたくないなら、自分の身が可愛いのなら、神門とは縁を切れ。できなければ距離を置け。それが君の為になるだろう」
「嫌」
静音にしては珍しく、きっぱりとした断固たる即答だった。
「絶対に、それは嫌です。私は彼の傍にいたい。…これからも、ずっと」
「…そうか。であれば好きにしろ」
決して目を逸らすことなく答えた静音の答えに、男はそれだけ返して顔を正面に戻した。
短刀で斬った掌を振りながら、ダークスーツの男も倉庫から立ち去る。
ちょうど入れ違いになったようなタイミングでその直後に守羽と由音が倉庫の入り口から顔を出すまで、静音は微動だにせずその場に立ち尽くしていた。

       

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