Neetel Inside ニートノベル
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「得意不得意の差はあれど、わたしたちは持っている能力は皆同じなんです」
言って、紗薬は自分の右手を前に出した。人間とまったく変わらない手だ。
瞬時に、その右手の爪が五本伸びて内側に湾曲する。
「これが、わたしたちの由来。『鎌』です。ただ、これはわたしよりも夜刀の方が素質はあって…」
紗薬が目で促すと、夜刀は顔を顰めながらも右手を出す。
ジャギンッ、と。
およそ手から出ていいような音ではない金属質な音が鳴り、夜刀の手…正しくは手の甲から太いナイフのような刃が三本飛び出て鉤爪のようにこれも内側に曲がる。
え、なにコイツ。
ミュータントなの?毛深いウルなんとかさんなのか?
若干引きながらそれを見ていると、紗薬の説明が続く。
「『鎌』は、夜刀が一番素質が高いです。そしてわたしは『薬』。傷を癒す薬効能力がもっとも高いんです」
何もない空間からポンッと一抱えもあるような壺が出現し、紗薬はそれを軽々と片手で持った。
その壺の中にある半透明のジェルのようなものを指先ですくうと、それを俺の顔に近づけてきた。
「おい、何を」
「すみません。大丈夫ですから」
おかしな真似をしたらすぐさま突き飛ばしてやろうと考えながらも、一応はじっとしてやる。
紗薬の指先は俺の口元ももっていかれ、そのまま俺の顎をなぞった。
さっき夜刀と戦った時に鉤爪が掠った箇所だ。
僅かに皮膚が切れていたその顎をジェルのついた指先がつつとなぞると、痛みと共に傷がみるみる内に治っていくのを感じた。
「その手も」
同じように鉤爪で切り裂かれた右手の平にも、紗薬がジェル状の薬を塗っていく。
「…夜刀も同じことはできます。でも夜刀は擦過傷くらいしか治せません」
「フン」
その斬ることしか能がない夜刀とかいうヤツは鼻息一つ吐くだけで何も言わなかった。
ほぐすように右手の傷に薬を塗り込みながら話はまだ続く。
「そして転止。『旋風』の素質を持った兄です。兄はその力だけで『鎌』の役割も担えるほど優秀でした。でも彼はたとえ治すものだとしても人を傷つけるのを嫌がっていました。だから夜刀がその役を受けたんです」
「転止は血も嫌いだった。自分の本質が出てきちまうからってな」
「本質?」
「鎌鼬は、地方によっては悪神であるともされていて、人を傷つけ殺すことが本質となっていることもあるんです。鎌の怨霊が変じた付喪神である、とも」
完全に傷が消えた右手を紗薬が離す。握り開いてみてもなんの問題もない。
便利なもんだ、鎌鼬の薬ってのは。
「転止はその性質をもっとも引き継いでいる鎌鼬でした。だから斬り付ける役は無理だと。わたしたちもそれで納得していました。ですが…」
「……半月前、転止がうっかり人を斬っちまった」
「殺したのか?」
「いや、傷は深かったがすぐに紗薬が治した。加減を間違ったんだ、アイツの『旋風』は俺の『鎌』より切れ味がある。いつも調節しながらかろうじて人間が『転ぶ程度で済む』レベルで風を操っていた。が、その時は加減を間違えた」
俺に対して、その兄を庇うように口数多く夜刀は話した。
「で、堕ちたと」
さすがにここまで聞けば話の全容も見えてくる。
こくんと紗薬は頷き、
「人を斬る感覚、そして散った血飛沫を浴びて、転止は反転してしまいました」
『反転』。
人外にはそういうことがある。
善が悪に、悪が善に。
様々な伝承や由来、出自、起源を持つ人外らは、その様々な要素を様々な条件下で様々に変化させる。
鎌鼬の場合は、人の血か怪我を負わせることがトリガーになったんだろう。
その引き金が一番緩かったのが、その兄・転止だ。
「自我を失い暴れ出した兄を、わたしと夜刀では止められなかった。次に斬り付ける人間を探して転止は街を移りました」
「それで来たのがここってか。迷惑な」
俺の言葉に紗薬は顔を伏せ、夜刀は鋭く俺を睨みつける。
「……はい。だから、あなたに力を貸してほしいんです。この街には、強力な人間の異能力者がいるという話を聞いたので」
一体どこから聞いた話なんだろうか。まあ俺の存在自体がかなり話を盛られて人外ネットワークに流れているようだし、人外には人外で風の噂とやらもあるんだろう。
「その鎌鼬は、もうこの街に来てるのか」
「はい、間違いなく」
身内の気配はわかるのか、紗薬は確信を持った表情で言い切った。
…最悪に面倒だな。
今聞いた話の感じだと、次の標的にされる人間は必ず殺されるだろう。紗薬がいればどんな重傷でも治せるんだろうが、それはきっと絶命するまでの話だ。深手を負わせて紗薬が間に合わなければその人間は死ぬ。
近い内に殺害事件の話がこの付近で出れば、それは間違いなくソイツの仕業だな。
この街も結構な規模だ。端から端まで探して回ればかなりの時間を食う。その間に暴走した鎌鼬が人を襲う方が早い。
しかも探しているのはこの二人だけ。手分けしたところでたかが知れている。
「…あの、お願いできませんでしょうか?わたしたちの兄を、助けてください」
「…………」
おずおずといった感じで紗薬が俺を黄土色の髪の隙間から俺を見上げる。夜刀も、無言の圧力でもって俺へ返答を求めている。
そんな二人の視線を受けて、しかし俺の返答は決まっている。
決まっていた。話を聞く前から。
「断る」

       

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