Neetel Inside ニートノベル
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「本当に大丈夫?休んだって怒ったりしないよ?」
「平気だよ、傷も母さんに治してもらったし」
いつも通りに登校しようとした俺を母さんは散々心配したが、俺が何度も平気だ大丈夫だと答え続けてついに折れた。
「うーん…わかったよ。でも気をつけてね、体調が悪くなったりしたらすぐ早退してもいいから」
「了解ですって」
やたら俺のことを気にする母さんの心情は俺にはよくわからない。おそらくは、昨夜の戦闘のことがあってのことなんだろうが、それに関しても母さんは俺に何も聞かない。
まるで全部知っているみたいだ。だから俺からも何も言わない。
「…あのさ、母さん」
ただ、家を出る前に一つだけ言っておこうと思い玄関に立ったところで俺は母さんに向き直る。
「うん、なあに?」
「近い内に…父さんが帰ってきてからになるかもだけど、二人とちょっと話をしたい…かもしれない。まだわからないけど」
まとまっていない言葉を乱雑に並べて口にする。おそろしく適当な言い方になってしまったが、それでも母さんは薄く微笑んでこくりと頷いてくれた。
「わかったよ。待ってるね」
「…ん。じゃ、行ってきます」



一応ああ言ったが、果たして実際に俺が両親にそのことを訊ねることはあるかどうか。
なんだかんだで有耶無耶にして終わらせようとしてしまう気がする……俺が。
俺のこういう姿勢というかスタンスがよくないのかもしれない。
「…何かあった?守羽」
あれこれと考え事をしていたせいか、隣を歩く静音さんに心配されてしまった。
「ああはい、世界平和についてどうしたものか思案していまして」
「…そう、立派だね」
絶対嘘だとバレているが、静音さんは突っ込まないでくれた。なんか申し訳ない。
「ええと、…本当はちょっと悩んでまして。聞いてもらえますか?」
敬愛する先輩に見え透いた嘘を通そうとした自分に嫌気が差して、俺は正直に今の考えを伝えることにした。
それにこれはある意味ちょうどいいかもしれない。静音さんに少し相談に乗ってもらいたい。
「うん、もちろん。私と君の仲なんだから、なんでも話してよ」
静音さんが少しも嫌がる素振りを見せずにそう言ってくれたのがとても嬉しい。
「あのですね。知りたくないのに、それでも知らなきゃいけないことがあった時って、どうしたらいいんでしょうか」
とはいえ今の俺の状況をそのまま伝えるのもあれなので、静音さんには少しボカして話す。
「……難しそうな話だね。知りたくない、でも知らなければならない…か」
朝の登校路を隣り合わせで歩きながら、静音さんは俺の言葉を飲み込むように呟きながら、
「よく、世の中には知らない方が幸せなこともあるって言うよね。守羽のそれは、本当に知らなければならないことなの?」
「はい……おそらくは」
「そう…」
俺の返事に相槌を打った静音さんが数秒の間を置いてから立ち止まって俺へ向き直る。必然的に俺も立ち止まり向き直る形をとる。
「なら、それは知るべきだと思うよ。君が悩んでいるのは、知るべきかどうかじゃない。君はもうそれを知るべきだと確信しているんだと思う」
俺の返事を待たず、静音さんは続ける。
「だから、きっと君は知ったその先のことに悩んでいるんだよ。それを知ってしまった時、君自身にどういう変化が訪れるのか。それがわからないから、知ることを躊躇う」
変化。
確かに、静音さんの言っていることは正しい。静音さんは的確に俺の心情を見抜いてくる。
俺は怖いんだ、知ることで何かが変わることが。だから知りたくない。
現状維持に徹したい俺にとって、『変化』というのは極力避けたい要素だ。
「でもね、守羽」
先輩は俺の手を取って、真摯な瞳を向けてくる。
「変わることは悪いことばかりではないよ。何かを知って変わることは人にはよくあることだし、心情や認識の変化が必ずしもマイナスに働くわけじゃない」
「それは…そうですね」
かといってプラスに働くかどうかと言われればそういうわけでもないのだろうが…その辺りは人によりけりだ。
まず知ることが前提条件。それからのどう変化するかはその時になるまで誰にもわからない。
だから俺は怖い。俺自身がどう変わっていくのかがわからないから。
「君が何を知ろうとしているのかがわからない以上、私からはこれしか言えない。どうするのかは君が決めることだから」
でもね、と静音さんは俺の手を握ったまま、視線を逸らさないままで、
「どんなに変わったとしても、きっと守羽は守羽だから。そんなに不安になることはないと思うよ。私も、君がどんなに変わっても絶対傍に居続けるから」
絶対傍に居続ける。
そんな言葉、あまり真正面から見つめて言わないでほしい。…たとえ本人にその気がなかったのだとしても、言われるこっちは変に勘違いを起こしてしまいかねない。
しかしまあ、静音さんのその言葉を受けて、俺の思い悩んでいたことが少しだけ晴れたような気がした。
俺が知って変わることで、俺の周囲の親しい人達が俺を避けてしまうこと。
俺が悩んでいることの中には、こういったことも含まれていたんだなと今理解した。だからこそ、静音さんの言葉で少し楽になれた。
「ありがとうございます、静音さん」
心からの感謝を述べて、俺は改めて思う。
こうまで言ってくれる人に、俺も全身全霊を以って報いたいと。たとえ今後何が起ころうとも、俺を信じてくれる人達だけはせめて守り抜こうと。
その為に必要な力であれば、容赦も躊躇もなく使ってやると。
そうやって決意を固めると、いつもそれを意識すると発生する頭痛と内側の異物感が僅かに紛れる。
(よし…)
静音先輩のおかげで、なんかごちゃごちゃし始めていた頭の中がさっぱりした。
今はやるべきことを順繰りにこなしていくだけだ。
近い内に来る戦いに備えて、俺のやるべきことはそう多くない。何せ鬼の動きと根城がわからない、故にこっちから打って出ることはできない。
だからいつ来ても対応できるようにしておく。
とりあえず、助けを求めないとむくれてしまう喧しい学友に協力してもらうか。

       

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