Neetel Inside ニートノベル
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「毎度毎度すみません静音さんっ!」
先輩を抱えたまま例の廃ビルの連なる立ち入り禁止区域へ全力疾走しながら、俺は頭部の傷を“復元”してくれた静音さんに謝罪する。
「ううん、私は大丈夫。守羽こそ…大丈夫?」
「どうですかね…っ」
今回ばかりは本当にやばいかもしれない。あの鬼は尋常じゃない強さを秘めている。人間だと思って舐めていたのか、不意打ち気味に初撃は当てられたがまるで手応えを感じなかった。衝撃で吹っ飛ばしただけであってダメージなど通ってはいないだろう。
しかしまさか学校に直接やって来るとは。いつも待ち伏せをしたり待ち構えてたりってのがデフォだったもんで意外だった。
そのせいでまたしても静音さんを巻き込んでしまったわけだが。完全に俺の考えが足りなかった。
「例の場所まで行ったら降ろしますから、すぐに逃げてください。どうせヤツの狙いは俺だろうし、俺が残れば静音さんにまでは目を向けないはず…だと思うんで!」
「そいつァどうかな」
俺の声に答えたのは静音さんではなく、屋根を跳んでいた俺のさらに頭上を跳んでいた者だった。
「守羽!上っ」
(脚力四十倍!!)
すぐさま念じ、静音さんを抱えたまま空中で身を反転させ真上へ向けて足を振り回す。
それを片手で受け止めた相手、大きく長い一本角に真っ赤にうねる頭髪を逆立てた大鬼が俺を真っ直ぐに見つめて凶悪な笑みを浮かべた。
「ほっほう、確かにただの人間じゃねェな。さっきもビビったが、コイツは中々だ。…んで、その力で茨木の野郎を殺しやがったのか?」
「だったらどうした」
「足りねェな」
振るった足を掴み、大鬼は手首を軽く返した。
それだけで俺の体は空中から地上へ向けて斜め下に投げ飛ばされた。
「きゃっ…!」
「…っく!」
どうにか静音さんに怪我をさせないように抱えたまま投げ飛ばされた先の路面を踏み砕いて着地し、勢いをつけてさらに逃げる。
街中は駄目だ。ヤツの力は一撃で簡単に街を破壊できるクラスだ。…握り潰された俺の右足首でそれを確信した。
野郎は軽く握った程度のつもりかもしれないが、こちとら常時肉体強度を三十倍で固定してたってのに…!
「静音さん、すみませんけどもう一回“復元”を掛けてもらえませんか」
片足でどうにか跳ねて逃走する途中で静音さんに潰された足首を戻してもらい、万全の両足で廃ビル群へと一直線に向かう。
「その力で、たったそれだけで茨木を殺った?冗談言うな、野郎はこのオレの次に強ェ鬼だったんだぞ」
大鬼は俺の全力に余裕で追い付いてくる。俺の出方を窺うように手を抜いたジャブのような連打を繰り返してくる。静音さんを片手で抱き直して、俺はその一撃一撃に注意しながら捌き逃げ続ける。
たかが手抜きの一発でも、大鬼のそれは容易に人間を破壊する。
「全然足りねェ。本気を出せよ人間。『鬼殺し』の二つ名はこんなモンじゃねェだろが!」
「ッ!!」
ゴヴァッと空気を切り裂いて迫る脚撃を片手でーーー防ぎ切れない。
ひしゃげた自分の片腕を無理矢理押さえ付けて衝撃を逸らせる。肩まで破壊されたが、かろうじて抱える静音さんは守れた。ぐしゃぐしゃになった腕ごと蹴り飛ばされ、俺は目的の地まで抵抗なく、流星のようにかっ飛んだ。
(前のヤツもそうだったが……なんだコイツらは…鬼、は……)
格が、違う。
背面から落下することも構わず静音さんの身の安全にのみ配慮しながら、俺は激痛と衝突で息の詰まる中で考える。
どうすれば勝てる。
どうすれば勝てた?
かつて、俺はあの大鬼相手にどう立ち回り、どう打ち勝った?どうやって殺した?
覚えていないはずはない。俺がやったんだ、他でもない俺自身が。
俺の力で。
打ってもいないのに、何故か頭が痛み出す。



早めにラーメン屋を出たのは正解だった、と由音は思っていた。
食後に少し店長のおっちゃんと会話をして、そろそろ生徒会の仕事も片付く頃かなという時間に店を出て電話を入れようとしたまさにその時だった。
現れたのは馬面と牛面の人外。
それだけでは鬼とはわからなかっただろう。だが連中にはわかりやすい特徴がある。
頭部に生える角。これは鬼にしかないものだ。
牛面には僅かに湾曲した凹凸のある角が頭の右側に一本、馬面にはゴツゴツとした枝のような角が頭の左側に一本生えていた。
二人(二匹?)の人外は何も言わずに由音の姿を確認するや襲い掛かってきた。能力の調整がまだだった由音は最初の数撃をまともに受け、瀕死の体で掛かってきた電話に出た。そこで守羽の方にも鬼が向かっていることを知り、あまりよろしくないこの状況を理解した。
そうして今、ある程度の調整が済んだ“憑依”状態の由音は手足を一本ずつ落とされ路地裏の壁に寄り掛かって体を支えていた。
「ぐぷ……ごほっ、げふ!」
口からは壊れた蛇口のように血液が吐き出される。内臓がほぼ全滅している上、手足の欠損。
千切れた手足はどこかへ吹っ飛んだ。拾って繋げることはできない。欠損部分から再生し直して肉体を構築する他ない。
現状深度維持での完治所要時間、二十分三十六秒。
間に合わない。
深度が足りない。力をもっと。
(もっと寄越せ……!!)

深度急上昇、“再生”の拮抗は追い付かない。
意識は四割までなら消失許容範囲内。
優先して欠損部位を再生。同時に“憑依”による強化を実行。
致命復帰リヴァイブ、絶命の回避・死の要素を除外。
打倒再開リスポーン、仕切り直し・行動可能状態まで二十八秒。
行動開始リスタート、自己ノ意識は五割まデ確立を維持シなケレば暴走の危険性が高イ。
意識に混濁アり。戦闘継続に必要ナだケの理性が、ひツ、よーーー、
ーーー、……ーーー、
緊急措置。制動。目的。理由。抑制。目的。目的。目的。目的。
使う目的。
立つ目的。
闘う目的。
必要項目。
ーーー入力済み。
発動。
この力は、使う意味は、立つ必要は、闘う理由は。
全ては大恩に因る大義の為に。

「流石に死んだか?」
「だといいが、念のために頭と心臓を潰しておこう」
牛頭は手に持つ自らの獲物に付着した血を振り払い、壁にもたれてずるりと腰を落とした由音を油断なく見据える。
それは暴徒や犯罪者などを押さえ付け動きを封じる為の捕縛道具である刺叉さすまたのような形状をしていたが、先端のU字の部分が研がれた金属刃となっているれっきとした殺傷用の武器だった。
由音の右腕を斬り落としたのもこれだった。
「お前のそれで首をストンと落としちまえやいいじゃねえか。そしたら頭は俺が潰すからよ」
そう言う馬頭の右手には一メートル半ほどの尺を持つ鉄の棒が握られていた。先端にいくにつれて幅が膨らんでいき、その表面にはスパイクのようなトゲがある。凶悪な鈍器であることは誰の目にも明らかな、釘バットをさらに殺害特化に仕上げたような一品。
鬼によく言う金棒である。これにより由音の左足は見るも無残に潰された。
「…そうだな。首を落としてしまえば人間ならほぼ間違いなく死は確定する」
「おうよ」
「では」
頷いた牛頭が、刺叉を構えてぐったりと身じろぎもしない由音の首へ狙いを定めて、U字の刃を一気に突き出す。
「……?」
確実な死を与える一撃に、しかし牛頭は奇妙な感覚に眉根を寄せた。
「あ?どした牛頭」
刺叉は由音の首に突き刺さりはしたが、手に返ってきた感触は人間の柔い骨肉を切断したそれとは大きく異なった。
まるで鋼鉄に叩きつけたかのような、硬い反動。
それを証明するように、由音の首に目掛けた刺叉の刃は首の骨を断たず、肉すら裂けずに皮膚の段階で止まっていた。
そして、伏せられていた由音の顔がゆっくりと上げられる。
真っ黒に淀んだ昏い両眼が、牛頭を見つめる。
「…!」
薄ら寒さを感じた牛頭が引こうとした刺叉を由音は左手で掴み、腕力のみで強引に引き寄せて跳び上がる。
「っ」
無事な右足を振り上げて牛頭の顔面に膝蹴りを食らわせようとするが、いち早く刺叉から手を離した牛頭が両手をそれをガードする。
「ぐ、ぬぅっ!」
ミシィッと人外の屈強な腕が軋む。
「まだ動けんのかコイツ!」
馬頭が金棒を振り被ってバッターのように横振りに由音を捉える。
普通の人間など一発で挽肉になりそうな強力な一振りを、由音は左足で真上に蹴り上げる。
潰れて原型も留めていなかった左足は、もう完璧に“再生”していた。
足だけではない。
ガッ!!
「ぎっ!?」
馬頭の首を左手で掴み、こちらも完全に指先まで傷一つ残すことなく元通りになった右の腕を振るって馬面を殴り飛ばす。
裏路地の壁を抉りながら通路を奥まで転がっていく相方を確認しながら、未だ膝蹴りを受けた痺れの残る両腕を構えて牛頭は歯噛みする。
「人間離れも、ここまで来ると笑えないな。少しは自分の人外っぷりを引いた方がいいと思うが」
人外から見ても人間とは呼べない相手が、牛頭の言葉を受けてぐらりと揺れながら不気味な挙動で振り返る。
吸い込まれそうで、押し潰されそうな錯覚を覚える漆黒の両眼が、僅かに細められる。
「は。ッハぁ…お、にハ………殺す」
「目的を見失っているわけでもない、…か。なまじ能力者の暴走でもないという辺りがなおタチの悪い」
鬼を二体相手取って、それでもまだ余力を残す人間を前に牛頭は思う。
(危険視すべき人間の戦力は『鬼殺し』だけではなかったということだ。まったく、山奥に引っ込んでいるとこういう部分で無知が露見してしまっていけない。俺も馬頭も、…………そしておそらくは、頭目も)
もしかしたら予想を遥かに超える力を持っているかもしれない『鬼殺し』を相手にしている自らの大将のことを案じながら、牛頭は牛頭で今自分の相手すべき人間を視界に入れて気を引き締めた。

       

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