Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第三十二話 『神門』の側面

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(さあて…)
素手で大鬼との攻防を繰り広げながら、『僕』たる神門守羽は相手の強さを見越した上での戦い方を思案していた。
(相手は金剛力を持つ鬼の総大将、単純な力比べじゃ僕だって勝ち目は無い。それに)
二百五十倍で叩き付け合った拳が砕け、指がおかしな方向へ捻じ曲がるのを、淡い光を纏わせることで癒し治す。
だが、これはいつまでも続けられるものではない。
(元々、この治癒の力は自分自身には使えないもんだからな…今は無理矢理に屁理屈こじつけてズルしてるだけであって、もうあと数度使えば終わりだ)
由音のように身を壊しながらも力を行使し続けるような強引な戦い方は出来ない。
だからこそ、
(…五大開放、掌握、使役。悪い精霊種おまえら、少しだけ僕に貸してくれ)
不可視の存在へ語り掛け、自らの存在性質から経路パスを通し力を汲み上げる。
純粋な力押しで敵わないのなら、違う何かで埋め合わせるしかない。そして今の神門守羽であれば、それが出来る。
「“沈め”」
「おぁっ!?」
ズボァ!!と勢いよく音を上げて、次撃の為に踏み込んだ酒呑童子の右足が深々と地面に膝まで埋まる。
「“爆ぜろ”」
体勢を崩した鬼の直近で、その呟きに合わせて急激に大気を喰らい膨張した炎が一気に弾ける。
(右腕力二百八十倍)
間を空けることなく爆炎を受けた鬼の鳩尾に右拳を突き入れる。
ッパァン!
沈んだ拳がさらにその奥まで進行しようとした瞬間に、酒呑童子の左手が大きく振るわれ右腕ごと払われる。
一瞬腕が無くなったかと思うほどの衝撃を受け、払われた右腕に振り回されるように空中を二回転ほどした守羽の胴体に、大鬼の足裏が豪速で迫る。
「くっ」
ギリギリのところで左手で真横から迫った蹴りの足首を掌で叩くようにして空中でさらに跳ねる。すぐそばをダンプカーが掠ったような突風を受けつつも、跳ねた勢いと回転する身を利用して鬼の頭上を飛び越えてその延髄に二百八十倍強化の変則回し蹴りを加える。
「ぬん!」
背後を振り返らず一喝入れた酒呑童子が僅かに震え、その両足から地面へと無数の亀裂が走った。
(耐えた…一歩も動かず踏ん張りやがったこの鬼!)
ノーガードで直撃させた蹴りにも関わらず、両足を肩幅に開いて踏み止まった鬼は不動の姿勢で首だけぐるりと守羽へと向ける。
延髄に叩き込まれた足を片手で掴むと、地面まで弧を描く軌跡で一息に落とした。
「かはっ!」
「そんなモンかァ『鬼殺し』!?」
足を掴まれているせいで満足な受身も取れぬまま、掴んだままの守羽の体を今度は逆側に振り回して地面へ激突させんと容赦なく豪腕が唸りを上げる。
「ちっ、“木行によりて相剋そうこく!”」
恐ろしい握力で掴まれ地面に激突しようとする間際に唱えた言霊により、その力は地面に浸透していた属性に干渉される。
ヒビ割れ荒れていた廃ビル群地のアスファルトが突如サァッと音を立てて崩れ、砂と化す。
細かな砂塵となった地面へ叩きつけられた守羽は、目論見通りさしたるダメージも受けずに次の一手を実行する。
「“土行を喰らいて相乗!解き放ちて緊縛!”」
砂塵と化した地面から、そして大鬼の足元から急速に伸びた植物が蛇のように鬼の体に巻きついて動きを制限する。
「邪魔ッ臭ェ!」
それらは蜘蛛の巣を払うようにあっさりと引き千切られてしまうが、その隙に掴まれていた足を強引に蹴り払って脱出に成功する。
(『僕』に替わって肉体が壊されることはそうそう無くなったが、それにしたって限度がある。耐久力二百倍も出してるってのに気を抜けばヘシ折られそうになるってのはなぁ…)
周囲から水の刃と火の球を発生させて牽制の為に射出しながら、距離を保ちつつ考える。
対する鬼の方はといえば、迫る水と火を軽く振るった両手で打ち消しながら、愉快げに口の端を吊り上げて離れた距離を埋めんと走り出す。
「傷の治癒と精霊種の恩恵を借り受けた属性の掌握、あからさまに妖精種の能力だな!忌々しいと思っていたのはテメェが『鬼殺し』ってだけの理由じゃあなかったってわけだ!!」
「鬼と妖精じゃ、童話にだって同じ舞台にゃ立たねえからな。本能柄、僕とお前じゃ相容れることはないさ」
「違いねェ!」
軽口を叩き合いながら、万象を味方につけた守羽が周囲に水と火を付き従え地面ごと地形を変化させながら鬼の行動を阻害する。
(やっぱり、まだ本調子とはいかないか。『俺』の方にもうちょっと余裕があればよかったんだが、まだ早かったか…?)
金剛力を持つ大鬼の素手の攻撃に細心の注意を払い直撃は避けるようにしながら、隙を窺い細かく攻撃を刻んでいく。
だが、以前として鬼の肉体に傷が生まれることはない。
(今の僕じゃ、ノーガードの奴に全力を打ち込んだところで致命打になるか怪しいな。そもそもダメージにならないから鬼も避けないだけで、その気になれば全部避けてるはずだ)
この鋼の肉体で慢心しているらしいが、おそらく通じる攻撃が来るとなればこの鬼はすぐさま察知して完全回避を実行するだろう。
どの道、この鬼に通用する攻撃は相手の油断を待つだけでは通せない。
(ったく、せめて鬼を無力化させる酒か首を落とした天下の名刀のどっちかでもあれば出自由来の特効性で簡単に倒せたろうに)
内心で今現在どこに存在しているのかも不明な物のことを愚痴りながらも、守羽は今出せる手札でのみ勝てる算段を組み上げる。
神門守羽の、『僕』の出せる手は何もこれだけではないのだから。
(ふうむ、『こっち』の方はあまり使いたくないんだけどな、『俺』が僕を出したがらないのと一緒で。あの性質は僕の管轄外だし)
しかし躊躇している場合ではない。そもそも最初からこうなることは予想していた。前回の茨木童子戦においてもこれは同じことだったが。
「出せよ」
守羽の思案顔を見て何か思ったか、それとも初めからまだ何かあると踏んでいたのか。酒呑童子は攻撃の手を緩めないまま世間話をするかのような気軽さで言う。
「ジリ貧でくたばるのを待つか?『鬼殺し』。それでもいいが、せめて出すモン全部出してから殺されろよ。せっかくここまでお膳立てしてやったんだ」
「…はっ」
読まれていることにも焦りといったものは見せず、あくまでも『僕』は冷静なスタンスを崩さずに息を吐き出し笑う。
「いいさ。そんなに見たけりゃ見せてやるよ。不本意ながら、『鬼殺し』と呼ばれるに至った由来は、おそらくこれだ」
言って、守羽は間近の鬼を睨み上げながら力をさらに引き摺り出す。
神門守羽を構成している、違う側面の力を。

       

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