Neetel Inside ニートノベル
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「おお、よく来たな、アーエル」
 神の社の最奥、継承の間に神の声が響く。相変わらずのフランクな話口
調は、けれども今日はその背後に威厳が見て取れる。神にとってそれだけ
この継承の間とは重要な部屋なのである。ボクの頬に汗が伝う。

 部屋に入ってから経過した時間はわずか数秒。けれども部屋に張り詰める
緊迫感はボクの時間感覚を引き延ばす。神が浮かべる笑み。その優しい笑
みは、けれどもボクの心から容赦なく平静を削り取っていく。
 勝手に焦るな、落ち着け。息をし呼吸を整えようとするも視界に映る神
の尊大な姿。心は震えて奮い立たず、ボクはゆっくり萎れていく。

「神様、お目通りをお許しいただきありがとうございます」
 冷静さをかき集め物言うボクだったが震える声。精いっぱいの笑顔を返す
ボクは目を神からそむけてしまう。

「ははは、だからいつも言っているだろう。そう堅くなるなと。息子が親に
気兼ねすることはないんだぞ」
「……わかりました」
 いつも以上に下手に出るボク。ヘタな行動に出れば怪しまれる恐れがあ
るもののこれから頼みごとをするのだ。へりくだらない方が不自然と言う
もの。

「今日はやけにしおらしいな。やはり神に選ばなかったことが……」
「いえ、そうではないのです。そのことについては確かにショックでした。
神に選ばれたのは弟たち。ボクじゃなかった。でも、決めたんです。これ
からは神を、弟たちを支えていく側に回ろうと。今までボクは周りの天使
たちに助けられてここまで生きてきました。これからはボクがその恩を返
す番。恩を返すには神になることが必要だと考えていたのです。けれど、
その必要はなかった。身分や能力は関係ない。大事なのはボクの行動次第。
感謝の気持ち、それが一番大切なのだと分かったのです」
「……おいおい、アーエルよ。神に選ばれなかったショックで精神に異常
でもきたしたんではなかろうな。今の言動、普段の沈着なお前とはかけ離
れすぎてはいないか?」
「いえ、これがボクの素の姿です。恩を返す手段として神になることを目
指していたためボクはいままで偽りの姿を演じてきました。けれど、もう
その必要がなくなりました。神様。これからボクは心を入れ替え誠心誠意
皆のために尽くしていく所存です。ですからボクのことは心配しなくても
大丈夫です。ボクは皆とともにやっていこう。そういう決意をしましたか
ら」
 ボクの言。神には届いただろうか。
 嘘八百並べただけ、そこには感情など欠片も乗ってはいない。当然そん
な言葉が神に届くはずもなく、神はうつむいてしまう。
 だが、これでいい。疑われてこそ次の提案が勘ぐられずに済むというも
の。

「……いよいよ様子がおかしいな、アーエルよ。生物の性根など一朝一夕
で変わるものではない。ましてや思念より構成される天使ではなおさらの
こと。胸中に何かあるのならば言うて見るがよい。何度も言うようだが遠
慮はいらぬぞ。お前の身が心配なだけなのだ」
「やはり、ボクは神様、あなたからあまり信用されていなかったようです
ね。それはそうでしょう、なにせ私を神に選ばなかったのだから」
「いや、それは違うぞ」
「でしたら、その証を。ボクが納得するような証……神様の持つ全能の一
部でいいのです。それをボクにいただけないでしょうか」
 ボクはここで言葉を切る。とうとう言ってしまった。これでもう、完全
に背後の道は閉ざされた。あとは神の懐に切り込んでいくほか選択肢は消
えた。
 神をめざし完全を良しとして以来、未知なことは避け、無謀なことからは
逃げてきた。ゆえにこんな無茶な賭け、成功するヴィジョンなど見えよう
はずもない。

「なるほど、それが本来の目的か。だが、いいのか? 能力を手にするとい
うことは天界での生活を捨てることと同義。それではほかの天使を支える
ことなどできないのではないか?」
「ええ……ええっ?????」
 なにか話の流れがおかしくないか? 神はなぜボクの提案に乗り気でいる
のだ? ああ、そうか。頼みを受けるふりをして説得、うまくボクのことを
あしらうつもりなんだな。それならこちらもとことん拝み倒せばいいとい
うもの。そうすれば神もいつかはあきらめ断ってくるはず。そこで本命の
願いを通せばいい。

「ボクは天界の平穏を望みます。下界の思想は天界に大きく影響します。
そのため下界にも天界側の者がいた方が何かと都合がいいのでは? でも、
それにはある程度力が要ります。ですからボクは力を望みます。下界に
常駐するということは皆を支えることにつながります。そして、神様から
力を与えられたならボクは神様から信頼されているということにもなりま
す……神様、お願いです。どうかボクに力をお与えください!!」
 これでもかと言うぐらい詰め込む繕った言葉。神の目を見つめ言い放つ。

「なるほど。やはりアーエル、考えがあっての提案か。聞く限り能力を与
えることの必然性は感じられなかったが……お前の思いに答えないわけに
もいかないか」
 神はおもむろに立ち上がる、って、あれ? いよいよ流れがおかしいぞ。
これではまるで……

「ここは継承の間。場所もうってつけだ。アーエル、お前を神に選ばない
ことを決めたとき、何かしてあげることができないかと考えていたのだ。
それゆえに頼ってくれたこと、うれしく思うぞ」
「えっ、神様?」
 あっけにとられるボクの前で、神はその開いた手掌から光を生む。淡く
小さな光、けれどもそれは脈打つように、徐々に徐々に強さを増していく。

与能力ゴッドブレス
 光は視界を覆い、熱が縮こまった体をとかすように光が全身に満ち溢れ
ていく。

「あっ、ああ?」
 全身が崩れていく。熱い、全身が焼かれるように。苦しい、体の中がき
しみ、歪み、ねじれていく。重い、地面へと押しつけられうずもれていく
ような感覚。痛い、かゆい、溢れ出してくる不快感。全身をめぐり始めた
感覚が脳を襲う。

「があああああ」
「アーエル、痛みは一瞬だ。目覚めたのちに見る世界は全く新しいもので
あろう」
 神の声に頭が叫ぶ。駄目だ、体が裂けるかのように正中線に走る痛み。

「新たな世界。それはお前にとってかけがえのないものとなる」
 沈む、限界を突き抜けた神経はのた打ち回り錐もみ状に落ちていく。

「全力で生きて見せよ。お前に与えた力はお前を導いていくだろう。これ
から待ち受ける物には辛き困難も存在する。だが、忘れるな。お前を思う
者たちがこの世界にはいるということを」
 沈んだ体、沈みゆく意識。 神の声が遠のいていく。




「頑張れよ、アーエル」
 ボクは世界に別れを告げる暇もなく、静かに静かに沈んでいった。

       

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