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「神様、一体どういうことなんだよ!!」
 響く怒号。ウーエルのその声に隣にいたオーエルはおどろき小さく跳び
上がる。

 ここは天界、神の社。
 神に選ばれたウーエルとオーエルはアーエルの一件を知り、神に詳しい
事情を聞きに神の社へと来ていたのだった。

「ふざけないでくれよ、なんでアーエル兄ぃに能力を渡しちまうんだよ!!
俺は勝負に勝ったのに、こんなのはあんまりだ。能力を手に入れたのが兄ぃ
の方が先になっちまったら俺はまた兄ぃに勝てなかったことになる。神様、
どうして兄ぃに能力を渡しちまったんだ? 俺達だけじゃ神は務まらないと、
そういいたいのか?」
 ウーエルの剣幕。オーエルがなだめるもその程度で収まるわけはなく、
神も怒りをあらわにするウーエルを前に姿勢をただす。

「そう怒らないでくれ、ウーエルよ。確かにお前からしてみれば腹に据え
かねることかもしれないが、神は皆にとって平等。まあ、アーエルには多
少のひいき目が無いわけでもないがそれを差し引いても今回のことは公務
の一環だと思って我慢してくれないか?」
「? 神様の言ってることはよくわからねえがようするにアーエルの肩を持
つってことだろう!! そんなの認められるわけがないじゃねえか。初めて
俺がアーエルに勝ったんだ。その結果に水を差すっていうなら神様にだって
俺は刃向うぜ」
「ウーエル、もういい加減にしてよ。アーエル兄さんは敵対すべき相手じゃ
ないし、神様にたてつくのだっておかしいでしょ」
 神に食って掛かるウーエルを見かねたオーエル。二人の間に割って入ると
口調を強くし止めに入る。さすがのウーエルも普段は内気なオーエルの強
い口調におどろいたのか言いよどむ。
 流れる沈黙。けれどもそれを再び破るのもウーエルであった。

「オーエルもうるせえ……下界に兄ぃが行っちまったら俺は誰と競い合え
ばいいんだよ!!」

「なるほど、本音はそっちであるか……ウーエルよ。それならそこまで悲
観することもないぞ」
「?」
 風が吹く。突然のできごとに辺りを見回すウーエルとオーエル。ここは
屋内のはず、ならばどこから? そうして視線を動かす彼らの目は神の足元
の辺りで止まる。そこにいたのは一人の天使。
 たっぷり蓄えた顎髭とそれに不釣り合いなマリンブルーのTシャツ。少
し変わった出で立ちのこの天使は神の御前で跪く。

「お呼びですか、神さま」
「ああ、カシエルよ。わざわざごくろうであった」
 神からの呼び出し、それに応え現れたカシエル。カシエルの裏の顔を知る
オーエルはここで初めてうろたえる。どうしてカシエルがここに呼ばれたの
かと。

 振り返りウーエル達の方を見るカシエル。その顔からは普段の教師とし
ての温和な表情は消え失せており、鋭い眼光、きつく結ばれた口元からは
恐ろしさすら感じられる。

「彼らには少し席を外してもらたほうがいいのでは?」
 再び神の方を向き、こう提案するカシエルにけれども神は
「その必要はない」
 と提案を拒む。神はこう続ける。
「今からの話、彼らにこそ聞いていてもらいたい。カシエルを呼んだ理由、
そしてこれから彼にしてもらうこと」

「約束が違うじゃないですか!!」
 こう叫んだのはオーエルであった。神が話し出す前にすべてを理解し、
そしてこれから起こるであろうことに絶望した故のこの言葉。オーエルが
神と交わした約束、それはオーエルが神となる条件として掲げたものであっ
た。

「僕は兄さんの、兄さんが本当の意味で幸せになれるならと、そう思って
神になる決意をしたんです。でも、これでは僕はただ兄さんを裏切っただ
けじゃないですか。追いつめただけじゃないですか」
「オーエル、落ち着け。何もお前をだましたわけでもないし、ましてやアー
エルをどうこうするつもりもない。ただ、アーエルは今、心に闇を抱えて
いる。そしてその闇は私たちの住むこの天界を飲み込もうとしている。な
らば一度仕置きをする必要があるだろう。神は皆に平等だ。悪しき心は正
しく導かねばならんし、時には力による矯正も必要となる。だからカシエ
ルを呼んだ」
 神がカシエルの方を向く。それに応えカシエルはオーエルに歩み寄る。
カシエルの顔から幾ばくか威圧感が消えていたがオーエルは構えを解かな
い。
 カシエルは諭すように話し出す。

「私は教師であるとともに能天使パワーズでもあります。能天使とは
対悪魔を想定して創造された天使のこと。それゆえオーエルがアーエルを
心配する理由もわかります。ですが、神はアーエルを悪魔と認識したから
私を呼んだわけではありません。私がここに呼ばれたのはあくまでアーエ
ルの担任として、教師としてです。間違った道に進もうとする彼を教え導
くのが教師としての私の役割。必要以上に危害を加えるつもりは毛頭あり
ませんよ」
「……」
 カシエルの優しい言葉。けれどもオーエルの顔から不安の色は消えない。

 カシエルの言葉、これは真実である。けれどもカシエルの気質を知るオ
ーエルはそれだけで安心することなど到底できない。『怠慢無き天使』、
それがカシエルの本質。目的を定めたらそのために手段をいとわず最短の
方法を選択する。カシエルの気質が今回のことにどのような影響を及ぼす
のかオーエルにはわからなかったがそれでも、不安に思うには十分な人選
であった。

「オーエルよ、お前はアーエルのこととなると少し判断が偏りすぎるのでは
ないか? もちろん、アーエルが心配な気持ちはわかる。何せ何やら不穏な動
きをアーエルが見せていることは事実なのだからな。だが、必ず良い方向に
向かうようにする。決して殺すような真似はさせんよ」
 神が言葉を継ぎその場をしめる。
 本当にそうなのか? これが兄のためになるのか。オーエルは一人思考を
巡らせながらうつむいてしまう。

「この任にカシエルを選んだのは彼がアーエルの担任と言うことに加え、
天界に住む天使の中で唯一大きな制限なく天界と下界を行き来できるから
だ。では、カシエル。頼めるか?」
「はい、では私にも準備がありますので神命の決行は翌19時から。終了予
定時刻は22時17分53秒、アーエルを連れての天界への帰還時刻が23時15分
13秒、です」
 カシエルはそう言い残すと再び風のごとく去って行ってしまう。神も席を
立ち部屋を出ていく。
 残されたのは不安が消えずうつむき考え込むオーエルと、途中から話に
ついていけず部屋の隅で逆立ちスクワットを始めていたウーエルだけであっ
た。