Neetel Inside ニートノベル
表紙

欠けた天使の与能力(ゴッドブレス)
第二話 何かの足音

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 夢を見ていた。
 眼下に映るあれは子供のころのボク。見渡す限り広がる雲原を駆け回り
初等学校の友達と無邪気に、楽しそうに……ああ、うしろでボクを必死に
追いかけているのはウーエルか。2歳も年が違うんだから勝てるわけない
のにあんなに必死な顔して走っている。あの頃とほんとにあいつは変わっ
ていない。負けん気が強くて、ボクをいつでもライバル視して。ああ、
転んだ。地面へと盛大に体を打ち付けたウーエルの周りにみんなが集まっ
てくる。

「おい、大丈夫かよ」
 ボクもウーエルに駆けより声をかける。肩を貸すと立ち上がるウーエル。
必死で涙をこらえる彼の横顔を見ながら、励ますボク。あのころは本当に
いいお兄さんだったんだな。では、いつからだろう。その姿を演じるよう
になったのは。


 周りの景色が変わる。ここはボクらの家の中。ウシエルに治療を受ける
ウーエルをボクは今よりもずっと小さいオーエルと一緒に見守っていた。
傷口に消毒液を吹きかけられ顔をしかめるウーエル。ボクが隣を見るとウー
エルの反応を見てすくみ上っているオーエルがいる。自分が怪我したわけ
でもないのに何をそんなに縮みあがっているのだろう。オーエルもオーエ
ルで今も昔も小心者と言う面では変わらない。
 そう、天使だれしも根っこの性格は変わらないものだ。それはボクだって
同じ。だが、歪んでしまうことはある。
 
 神となるには実績、能力のほかに周りからの人望も厚くなくてはならな
い。神に選ばれるまでは決して努力を実感できないボクは周りの目を欺き
生きてきた。どんな苦痛も困難も涼しい顔でやり通す、そんな絶対の存在
で無ければならなかった。心はとうに枯れ果てて、倒れ行くのを支えても
らうこともできず、それを自覚しても止まることはできない。

 ボクは不幸だ……いや、不幸だったんだ。だけれどそれも今日まで。と
うとう努力が報われる。夢の中とはいえこうして過去の自分と向き合えた
のも心に余裕ができたからであろう。

 だんだんとはっきりとしてくる意識にボクは現実世界へと引き戻されて
いく。
 


「ふうぅわあああぁぁ」
 伸びをし起き上る。今日は早く起きなければいけないはずだが……今は
何時だろう。寝起きの頭で思考を巡らすが当然考えた程度では時間を知る
ことなどできない。時計はどこだろう。辺りを見回すが光がないため見つ
けることができずボクは仕方なくベッドから這い出し窓の前まで歩み寄る。

 カーテンを開けると差し込む光。ボクは思わず目を背ける。昨日は眠れ
ないほどの高揚感があったが一夜明けた今はおどろくほど落ち着いている。
不思議な感覚だ。とりあえず着替えようか。今日は生誕祭の準備で早く家
を出なければならない。そう考えたらもうあまり時間がない。

 階下から漂ってくるいい香り。階段を降りたのちボクはウシエルが毎朝
用意してくれている食卓に着く。

「おはようございます。アーエル様」
 気がつくとボクの目の前にはウシエルが立っていた。ウシエルの顔には
いつもの優しそうな笑み。ボクはその笑みに対しにこやかに返す。

「おはよう、ウシエルさん。今朝も食事の用意ありがとうね」
「いえいえ。今日は生誕祭ですから、いつも以上に気合を入れて作らせて
いただきました。アーエル様、ウーエル様、オーエル様。皆様には元気に
出かけて行ってもらいたいですからね」
「ははは、うん。今日はボクもボクなりに頑張ってくるよ」
 ウシエル……幼少のころから世話をしてくれている関係もありボクが心を
許せる数少ない人。けれどもそんなウシエルにもボクの心に抱える物は見
せたことがない。ボクが神になればウシエルにも本当の自分を見せること
ができるだろうか。
 ウシエルの失望したようなもの悲しい顔が頭をよぎる。そうさ、決して
ボクは性格がいいわけではない。そんなことは自分でわかっている。だけ
れど神にさえなれば人の目も関係なくなる。本当の自分を出せるはず。こ
の堅苦しい笑顔の仮面も取り払える。

 黙々と食事を食べ進むボク。ウシエルはまだ調理場で何かを作っている
ようだ。少し離れたボクのところまでその匂いが伝わってくる。

「ウシエルさん。じゃあ、ボクそろそろ出かけますね」
 食事を食べ終え食器を下げながらボクはウシエルに声をかける。ウシエ
ルの手元を見るとフライパンが握られている。どうやら何かを炒めている
ようだった。

「アーエル様、今日はお早いですね。生誕祭の準備ですか?」
「うん。そうなんだよ。特に今回は1000年の節目だからいつも以上に盛大
に執り行われるんだ。だから準備もいつも以上に大変なんだ」
「アーエル様はクラスのまとめ役でもいらっしゃいますものね」
「面倒な役割を押し付けられただけだよ。それよりも時間が無くなってき
たから本当にもういくね」
 ウシエルに背を向けカバンを持つ。正直まだ急ぐほどの時間でもないが、
話し出したらウシエルの話は長いのだ。もう年だから仕方ないのだが朝の
この時間にはなるべく時間は奪われたくない。

 玄関までボクが行くとウシエルも見送りに出てくる。
「いってらっしゃいませ」
「いってきます」
 ウシエルに見送られ家を出る。今日はまだ時間が早いせいか取り巻き連
中の姿もない。久々の解放感を味わいながらボクはいつもの道を行く。ゆっ
くり流れていく周りの景色、普段なら目にも入らない木々の揺れや空を行
く鳥たちにまで意識が向かう。景色が変われば気分も変わる……いや、逆か。
晴れやかな気分が景色をいつも以上に鮮やかに見せているのだろう。足取
りも軽い気がする。

「兄さん、アーエル兄さん!!」
 オーエル? 背後から声がしたため振り返るとそこにはボクの元へと駆け
寄ってくるオーエルの姿が。

「どうしたオーエル。まだ学校に行くには早い時間だろう」
「はあ、はあ……兄さんと、今日ぐらい、はあ、一緒に、行こうと、思って」
 そういって肩で息するオーエルはボクの顔を見てニコリと微笑む。愛ら
しいその笑顔。誰からも好かれる優しい笑顔である。

「何も走ってくることないだろう。昨日のうちに言ってくれれば時間を合わ
せたし別に家でも学校でも話す時間ならいくらでもあるんだから」
「ごめんなさい。実は言いたいことがあって……でも、言おうかどうしようか
迷ってたら時間になっちゃって。でも、継承式の前にはどうしても言って
おきたかったから」
 何か言いづらいことなのであろうか。オーエルの目の奥にはいつになく
強くはっきりとした意志が感じられる。よく見ると頬がいつもより赤い。
よほど緊張しているのだろう。



「兄さん、ボクはどんなことがあっても兄さんの味方ですから」

「おっ!? おう……」
「……」
 沈黙するオーエル。しばらくするとうつむいてしまう、って言いたいこ
とはそれだけか? いまいち意味が分からない。しかもオーエルが顔を伏せ
るものだからこちらとしてもどう対応していいのやら。

「オーエル、あのなあ」
「じゃあ、兄さん。ボク先に行ってるよ」

 ボクの呼びかけに対し逃げるように走り去るオーエル。残されたボクには
困惑が残る。いったいオーエルは何が言いたかったんだ?
 オーエルはボクやウーエルのことを慕っているのは知っている。けれども
どうして今改めてそのことを言ったのだろう。原因は明確、オーエルも言っ
ていたが継承式がそれであろう。次代の神を選ぶ儀式、けれどもそれなら
ばやはりオーエルの発言は引っ掛かる。ボクが神に選ばれたからと言って
ボクとウーエル、オーエルの関係が変わるだろうか。ウーエルはボクが神
になればより一層絡んでくるだろう。オーエルは今まで通りボクを慕って
行くだろう。そう、それならばなにも兄弟関係に変化は見られないはず。
けれどもオーエルは何かを感じている様子であった……オーエルは何かを
『視た』のか?

 心にさす靄。ボクはその不安を振り払うように学校への道を急ぎ歩く。
心の中で何かがささやく。聞くな、聞いてはいけない。そう思う意志とは
裏腹にボクの脳裏に声は入ってくる。


――もしもボクが神に選ばれなかったら?
「ははは、そんなことはありえない」

――ボクは本当に最善を尽くしてきたと言えるのか?
「当然だ。ボクの努力は誰にも否定させない」

――弟たちが君以上に努力していないとどうして言える?
「見ればわかるよ。ウーエルに能力はないし、オーエルには自信がない。
そんな状態でできるほど神は甘くないよ」

――弟たちが力を隠しているとは思わないの?
「そんなはずないだろう……ウーエルはボクに勝つためなら何でもしてく
るような奴だし、オーエルがボクを出し抜こうなんてするはずがない」

――でも絶対じゃないよね?
「……確かに保証はない、でも」

――ならどうして不安になったんだろうね?
「物事には絶対なんてないから……仕方がないだろう」

――その理由は本当かい? ボクが思うに「やめろ」


――否定したところで始まらないよ。ボクを含めてボクはボクなんだから。
「……やめてくれ」

――弟たちを否定するけどボクにそんな資格はあると思う?
「……」

――ボクは逃げているんだよ。神に成れず、今までの自分を否定されたと
したらボクにはもう、何も残らないから。
「……せぇ」

――何か言った? よく聞こえな「うるせええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」



 聞くな、考えるな。オーエルが何を視たって、周りがボクをどう思ったっ
て、神になるのはボク。ボクなんだ。まっすぐ学校へと延びる道を駆け抜
けながらボクは頭を振る。分かっている、ボクが欠陥品だということは、
でも、でも。今までやり通せたじゃないか。いまさらあきらめるなんてそん
なことできるわけがない。神に成れないのならボクは……いったいどうし
てしまうんだろう?


 走れば走るほど熱を帯びていく体。ボクはそれでも何かを振り切るように
走り続けた。

       

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