Neetel Inside ニートノベル
表紙

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  ■

 翌日。
 俺は起こしに来た母に「もう学校行きたくない」と行ったのだが、その結果「死んで永遠の眠りにつくか、生きて学校へ行くか選べ」と包丁で脅されたので、俺は泣きながら登校するハメになった。
 そして、まだ自分のクラスも知らないので、俺は登校してすぐ職員室へ行き、麻生先生に
「転校したいんですけど」と言った。
「昨日何があったの!?」
 当然だが、驚かれてしまった。
「この学校でやっていける自信がありません……」
「だ、大丈夫よ。前の学校だって、女の子がいてもやっていけたんでしょ?」
 どうやら、先生は俺が昨日トラウマを爆発させた一件で、人生に絶望していると思っているらしい。半分は合ってる。
「前の学校では女子を割ける事に青春を割いていました」
「……先生、葛城くんの将来が心配」
「それ、前の学校でもよく言われました」
 あははー、と二人で談笑する。
「じゃっ、先生、転校の手続きよろしく」
「じゃっ、じゃないでしょ、じゃっ、じゃ。」
 じゃーじゃー言い過ぎだよ。皿洗いかよ。
「ボックス保持者はここにしか通えません。転校なんてもってのほか」
「そっ、そんなぁ……」
 超能力を得たからって、喜んでたらこれだよ。日本政府はもっと超能力者に対する受け皿を広げるべきだよ。何やってんだよ。なんの為に消費税払ってんだ俺は。
「っていうか、俺ってほんとにボックス持ってるんですかね。昨日も家でいろいろ試したんですけど、まったく出ないんですよ」
「間違いないはずよ。検査って、年に数回しかやらないから、その時点でどれだけ芽生えてるかはともかく、持ってるのは間違いない。多分、葛城くんは芽生えたばかりなのね。でも、これから間違いなく、なんらかの能力が芽生えるはずだから、安心して」
 ふぅん……。
 芽生えなきゃいいのに。間違いだった、とかなら転校できるのにな。
「ま、それは追々。さっ、これから葛城くんが青春を過ごすクラスに案内するわよー」
「観測しなければ無いのと同じ。つまり、俺がこのままクラスへ行かなければ――」
「あんまりワガママ言うと、私のボックスで気絶させて連れて行くわよ?」
「……行きますぅ」
 先生もボックス保持者なんだね……。
 さすがに二日連続気絶なんてしたくないので、俺は素直に先生の後を着いて行く事にした。
 今すぐ家に帰って泣きながら布団に包まりたい。
 だが、そんなんが通じるほど社会は甘くない。女性恐怖症ってだけでこんなに苦しむ事になるとは。

 転校二日目にして、やっと自分のクラスが二年D組であると知る事ができた。
 廊下の前で、先生が、「んじゃ、私が先に入って、場を温めてくるから、読んだら入ってきてね」と言った。
「あ、はい」
 場を温めるって、お笑い芸人か何か?
 言おうと思ったが、しかしその前に先生が教室の中に入っていった。

『はーい、みんな席ついて―』
 ざわついていた教室が、少しずつ静かになっていく。
『えー、昨日は来れなかった転校生が、今日やっと来れる事になりました!』
 静かになった教室が、少しざわついた。
 やっぱり転校生ってのは期待されるもんなんだな……。漫画とかの転校生キャラってイケメンか美少女だもんな……。たまにはブサイクの転校生とかいてもいいよ。そしたら我々転校生は、高まるハードルに苦しまずに済むんだ。
『センセーっ、男ですか、女ですか! 顔面偏差値はどんな感じですか!』
 お決まりの質問だぁー。麻生先生、頼むよ。空気温めるって言ったよね? ハードル下げてくれるんだよね?
『転校生は男の子です。顔面偏差値は高いです! 先生はもう、テンション上がりました!』
 女子のテンションが上がりまくる声がする。アイドルが突然教室に入ってきた、みたいな声だ。
 いやちょっと待って? ハードル上げたぞ、あのババア。俺が絶対に越えられないハードルおっ立てたぞ。
『でもねー? 女子は声かけないであげてね? あの子ね、ホモなの』
 また黄色い歓声が上がった。
 さっきより人数は少ないようだが。
「――って、ちょっと待てぇ!!」
 俺は勢いよくドアを開き、教室に踏み込んだ。
「誰がホモだ! 俺は女性恐怖症なだけで、別に男好きじゃねえから!」
「あ、まだ紹介シーン入ってないのにもう。それに、このホモ宣言は、一応昨日気絶させちゃったから、私からのお詫びだと思って」
 気絶、というキーワードで、教室がざわついた。まあ、普通日常生活で気絶なんて言葉使わないもんな。タダ事じゃねえ、と思うのは当然だ。
「昨日、先生が、『転校生はスキンシップがイキ過ぎて気絶させちゃった』とか言ってたのは、そういう事か……」
「すげえな、あの転校生。一日で手を出すとか……」
「ちょっと先生、あらぬ誤解が広まってるんですけど。訴えてもいいですか」
 抱きしめられただけ、とはいえない。それもう充分行き過ぎたスキンシップだ。
「おほほっ。まま、いいじゃない。ここで先生と付き合ってるって事にしたら、女子生徒は近づいてこないと思うわよ?」
「先生、それ失職すると思いますけど……」
 転校初日で教師に手を出した男、だとは思われたくないので、その申し出はソッと遠慮しておいた。
「んじゃまあ、冗談はさておき。この子が、転校生の葛城綾斗くん」
 先生が、黒板にでかでかと、俺の名前を書きなぐる。字ぃ汚いっすね。
「ホモってのは嘘。本当は女性恐怖症。昨日はうっかり、先生が触っちゃったから、それで気絶しちゃったの。だから女子諸君、触ったらダメよー。絶対触ったらダメだからねー」
 クラスのみんなが、「はーい」と言った。
 ――なんだろう。なんか、その言い方だと、お笑い芸人のフリみたいだ。
 俺触られたら、ほんとにタダ事じゃないんだからね?
「葛城くんの席は、あそこ。昨日の内に用意しといた、あの後ろの席」
「うっす」
 やっと俺は、転校二日目にして自分の席に――って、この話はもういいか。
 俺は一番後ろの窓際というベストすぎるポジションをもらい、そこに腰を下ろした。
「……えっと、声はかけてもいいのかな?」
 前の席の女の子が、こちらを振り向いて、メガネの奥にある瞳をこちらに向ける。小柄で、サイズの合っていないメガネと、これまたサイズの合わないブカブカの制服が、妙にラブリー。
「あぁ、喋る位はできるから大丈夫。でも絶対に俺の前で、刃物と尖った物は持たないでね」
「わ、わかった……?」
 何を言っているんだろう、と目の前の席に座る彼女は思っているようだが、俺の立場になれば痛いほど(文字通り)わかるだろう。
「私は、亀島うららっていいます。一応、このクラスで委員長してます。だから、わからないことがあったら、なんでも訊いてね」
「あぁ、ありがとう」
 親切なクラスメイトだ。ロリ体型ってところがグッドだ。怖くない。
 まずはこういうところから慣らしていった方がいいのかな、と思ったけれど、なんかこの思考変態みたいでやだな、と思ったので、俺は黙ってホームルームを聞く事に。
 ボックスが通う学校というだけあって、いろいろボックス関係の事を言っていたが、俺にはさっぱりわからなかった。
「えーと、とりあえず、これでオッケーかな? じゃ、ホームルームはこれで終わりまーす」
 これで朝のホームルームは終わり、五分休みになるわけか。
 やっぱり質問責めとかにあったりするのかなー。俺は少しだけ、その一日しかないだろうチヤホヤに心踊らせた。
 その瞬間、予鈴とは違う、カーン、カーンというけたたましい鐘の音が鳴った。
「なんだぁ?」
 俺はびっくりして、黒板の上に設置されたスピーカーを見る。
『――おはよう、箱ヶ月の生徒諸君』
 聞こえてきた声に、俺の頭が真っ白になった。この声、白金だ。なんでスピーカーから聞こえてくるんだ。
「あ、声の主は、武蔵野白金さん。この学園の、頂点に立つ人、生徒会長なの」
 前の席の亀島さんが、説明してくれた。しかし、そんなこと言われても、俺にとっては何を言ってんだとしか思えん。
「生徒会長を頂点に立つ人、とはまた大げさな」
 なんとか言えたのがこれだけ。
「まあ、要するに、この学園で一番強い人、ってことなの。ボックスの研究的価値っていうか、まあそういう感じのがこう、強いっていうか? 戦闘でも強いけど、ほら、普通の学校でもスクールカーストってのがあるでしょ? この学校では、ボックスの強力さが関係してくるんだ」
「ふ、ふぅん……。もしかして、亀島さんって結構大雑把な性格?」
 俺は最高にぞわっとした。
 なにそれ。もう絶対いかんやん。
 説明を受けていたら、どうやら前置きは終わったらしく、白金の話が本題に入ろうとしていた。
『さて、まだるっこしい話は嫌いだから、そろそろ本題に行きましょうか。――本日、二年D組に配属された生徒、葛城綾斗という男がいる』
 周囲の生徒が俺を見た。
「ち、違います。僕、佐藤まさるです」
「……黒板に思いっきり、名前書いてあるんだけど」
 亀島さんからの容赦無い突っ込みがやってきた。
 くっそ消し忘れた。なんでだよ、あれ教師が消してくれるやつだろ。ホームルーム中ずっと俺の名前をバックに説明してやがったのか。それもう先生の名前みたいになってんじゃん。
『その男子生徒を、私のところへ、そうねえ……。二時間目が始まるくらいまでには、連れて来なさい。それを超過したら、今日はもういいわ』
 ――それって、俺をとっ捕まえろってこと?
 いや、待って。呼ばれたら、まあ素直には行かないけど。でも最初にそれくらい試してみてもよくない?
 しかも、相手はみんなボックス持ちでしょ?
 俺無いぞ。まだ芽生えてないんだぞ。
『もし、連れてきた生徒には、望む褒美をあげるから、そのつもりで』
 スピーカーの向こうから、気配が消えた。
 俺は、周囲を窺う。望む報酬はくれてやる、という途方もない言葉を信用している目だ。つまり、獲物を狩る猛獣の目。
 一人を除いて。
「か、葛城くん……」
 亀島さんは、心配そうに俺を見つめていた。
「武蔵野さんに、何したの……?」
「……ハンカチ投げつけた」
「それは怒るよ!?」
「いや、話を聞いてほしい。これにはやむを得ない事情ってもんがあるんだよ」
 戦略的撤退を完遂する為には、仕方のない行動だったのだ。よく考えたら、学校で気絶してハンカチ失くして授業も受けずに帰ってくるって、人類史上俺だけなんじゃね?
「話は終わりか?」
 目の前に、男子生徒が立った。なんか手に、人を切る為だけに作りました、的なえげつない剣持ってます。
「いや、まだ。後三時間は人生について語り合う予定だから、質問なら待ってて」
「ふんっ!!」
「おわぁっ!」
 その男子生徒が、俺の冗談をぶった切る勢いでその剣を袈裟気味に振り下ろしてきた。命の危機となると、俺の知覚は加速し、その剣を躱した。
 俺の椅子が両断されて、帰る場所が崩れ去る。
「何しやがんだ! 男性恐怖症も発症しちゃうだろ! そしたら俺もう人間社会で生きてけないぞ!」
「俺の夢の為に犠牲になれ」
 なんでそんな戦国時代みたいなセリフを、学友に対して吐けるんだよ。
「ふざけんな! 俺にどうしろってのよ!?」
「四肢を切らせろ」
「先生転校させてくださいッ!!」
「……法律がなかったら、そうさせてあげたい」
 どうやら、ボックス保持者が箱ヶ月学園以外通っては行けないというのは、日本の法律で決まっているらしい。ほんとに、何やってんだよ日本政府。
 まあ、それはいい。
 今はとにかく、この教室から逃げ出す事を考えなくちゃならない。
 周囲は囲まれているし、自分の教室でこの惨状なのだ。他のクラスのやる気満々マン達もこっちに向かっていると考えるべきだろう。
 生きる為に頑張れ俺の頭脳!
「さぁ、俺の夢の礎となれっ!」
 剣を振るってくる男に、俺の頭脳はギリギリまで回転していた。
 白刃取りなんて素人の俺には無理。だが、この剣を防がなくては話にならない。なので、先ほど両断された椅子の半分を持ち、その椅子で、剣を叩き落とした。
「死ぬかと思った!」
 そして、その持った椅子を、男の顔面に向かって放り投げる。
 いつもなら剣で防いだかもしれないが、その剣は今地面に落ちているので、思いっきり顔面にぶち当たった。
 まさか俺が抵抗してくるとは思わなかったのだろう。周りが怯んでいる隙に、俺は教室を飛び出した。
「あいつかぁ!」
 俺を狙ってきたのだろう、やる気満々マン達が、教室から飛び出してきた俺が『葛城綾斗』だと察してしまったらしく、廊下の左右からたくさんの生徒達がこっちにやってきた。
「クソがぁっ!!」
 どうするっ、いくらなんでも一〇〇人はいそうな暴徒たちに、丸腰ってのはどうなんだよ。つうか、仮に武器があっても、ボックスを持ってても勝てそうにないよ。
「葛城くんっ! 伏せて!」
 突然、背後からの声がして、俺は信用するかしないかを考える前に頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
「『サイコウェポン』!!」
 俺は、背後に立った人を見た。それは、亀島さん。
 なんで助けてくれるんだ、という疑問もあったけれど、それよりも、亀島さんの両腕がバズーカになっているのに驚いてしまった。
「発射!」
 亀島さんが叫んだ瞬間、両腕のバズーカから爆音と閃光。
 耳と目が切り裂かれるような感覚に包まれてから、こっちに迫ってきていた暴徒達が、爆発した。
「え、ええぇーっ……」
 目の前で起こっている光景が信じられない。
 学園で指名手配にされたと思ったらクラスメイトが剣で襲いかかってきて、逃げ出せたと思ったら多数の暴徒がバズーカで爆撃された。
「だ、大丈夫ですか葛城くん」
「……頭痛い」
「最初はみんなそう言いますっ」
「こんな場所に慣れたくないよぉ!!」
 俺は立ち上がって、目にあふれる涙を止める事が出来ず、泣き出した。なんだよ、その最初はみんな嫌がってたけどどんどん癖になっていきました、みたいな言い方。ここは戦場かよ。
「な、なんでみんな普通に襲いかかってくんの!? つか、亀島さんいま大量殺戮したよね!」
「大丈夫ですっ、一人も殺してないです! ショックガンみたいなものですから」
 たしかに、よく見ればちょっと動いている人たちもいらっしゃる。つったって、もう傍目には死にかけにしか見えねえ。
「それよりっ、逃げましょう!」
「ん、あ、あぁ、そうだ!」
 亀島さんの言葉でやっと落ち着く事ができ、俺は暴徒達を踏まない様にその場から離れた。
 あと約一時間逃げ切れば、とにかく今日の安全は保証される。
 その為には――。
「亀島さんっ」
 俺は、隣を走る亀島さんを横目で見る。同じようにして、亀島さんを俺を見た。
「な、なんですかっ?」
「俺は女性恐怖症だ。女の子を信用できない! つうか、正直いま、キミが助けてくれた事に対して、『何を企んでるんだろう』くらいに思っている!」
「は、はあ……。それが何か!」
「俺を助けた理由を教えてくれ! この状況を見るに、俺を助けようとする存在は少数派らしい。つまり、この学園では、白金に従っているのがノーマルって事だろ!?」
 彼女は、しっかり俺の目を見て、走りながらだというのに、目を見て、力強く言った。
「困っている人を助けるのは当たり前です!」
 と、これ以上説得力のある言葉はない事を言い出した。
 俺は、それでやっと、改めて、助けを求める気分になれた。
「……正直俺一人でこの状況を打破できるとも思えない! ボックスも無い俺だし! だから、助けてほしい。絶対に裏切らないと約束してくれ!」
 その約束さえあれば、俺はとりあえず、迷わないで彼女は味方だと思える。
「もちろんです! 全力で、お助けします!」
 あぁ、なんというお人好し。
 初めて会ったばかりなのに、学校全体敵に回しても俺を助けてくれるという。それだけでずいぶん励まされた気になる。
「ありがとう。亀島さん! ――さしあたって、まずは武器を手に入れなくっちゃならない」
「ええっ、でも、私のサイコウェポンがあれば――」
「分断された時のことを考えたら、俺にも使える武器があった方がいい」
 味方が一人いると思えば、なんだか勇気も湧いてくる。俺は、拳を突き上げ、「やったるぞぉ!」と叫んでいた。

       

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