Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 切っ先が俺に向かって飛んでくる。
「躱しちゃるッ!」
 俺は思い切り体を反らした。氷で足が動かない所為で、綺麗なL字に体を反らせた。上半身があった位置を、思い切り氷の槍が通過していき、肝が冷える様な思いをさせられてしまう。
「あぶなぁい!」
 亀島さんが、両腕のマシンガンを連射し、俺を突き刺そうとしていた氷の槍を撃ち抜いた。氷の破片が俺の顔面に降り注いで、冷たいやら鬱陶しいやら。っていうか、その前に。
「危ないの亀島さんだから! 連射止めてマジで!! 背中攣っちゃうからぁ!!」
 頭上をすごい勢いで弾丸が通り抜けていく。これが止まらない限り、俺はこのL字体勢から脱却できない。
「あっ、すいません……!」
 やっと弾雨が止んで、俺は体勢を戻す事ができた。しかし、そうなったら今度は氷の槍が復活して、亀島さんへと視線が向く。
「……ふぅ。なぁ、亀島。裏切らないか?」
「なっ、何を」
 肩に氷の槍を乗せて、ため息を吐く茶介。
「ここで裏切ってくれたら、二人で捕まえたって事にして、お前のカーストも上げてもらえるよう、武蔵野さんに頼んでみるからさ」
「……お断りします」
「へえ。なんでさ」
「裏切るということは、信じてもらえなくなるということです。葛城さんは、女性恐怖症なのに私を信用してくれました。それを裏切る事は、私にとってありえません」
「……そっか」茶介は、重い荷物を運ぶ前みたいに、眉をひそめた。「だるぅーいけど、それなら、お前から無力かさせてもらう」
 一足跳びで机の上に乗り、そこからもう一度、亀島さんへ向かって跳んだ。
 対空する彼の前に、三本ほどの氷柱が出現し、ミサイルみたいに亀島さんへと射出される。
 だが遠距離戦は、能力そのものが特化している亀島さんに分があるらしい。マシンガンを連射したまま、横薙ぎに振るい、氷柱を迎撃する。だが、茶介本人には、先ほどの氷の防御が働いていて、弾丸は届いていない。
「それなら――ッ!」
 亀島さんは、右腕をバズーカに変え茶介を狙う。確かに、バズーカなら爆発の衝撃が氷を貫通するだろう。
 だが、茶介はすぐさま、腕をまっすぐ突き出し、掌から丸い氷を射出し、バズーカの発射口へと氷を叩き込んだ。
「まず――っ」
 俺は、助けようと走りだそうとした。だが、当然足は凍らされているし、その場から動くことはできなかった。
 発射モーションに入っていた為、氷が発射口に詰まっていようとも、無慈悲に、残酷に、バズーカが発射された。行き場を失った衝撃が、バズーカの内部で破裂。
「きゃぁッ!」
 右腕が爆発し、地面に倒れこむ亀島さん。
 まさか、右腕が吹っ飛んだんじゃないかと思ったが、しかし亀島さんの右腕が真っ黒になっているだけで、他に異常はなさそうだった。
「だ、大丈夫か亀島さん!」
「へ、ヘーキです。これは、能力が使用不可になった証なので……」
 そう言って、右腕を振るって、指を握ったり開いたりする。
 茶介はそれを見て、頭を掻きながら、ため息を吐く。
「健気なこって。……じゃ、とりあえず、寝ててもらうよ」
 茶介の腕から、今まで以上の冷気がゆっくりと地面に向かって落ちていく。急激に体温が下がったことで、体から冷気があふれているのかもしれない。あれでどうするつもりなのかは、なんとなくわかった。
 凍りづけにして動きを封じてもいいし、亀島さんの体温を急激に下げて意識を奪ってもいい。身を封じる事について、氷という能力は最高に向いている。
 だが、まだ抵抗しようとしているのか、亀島さんは、左腕をハンドガンに変えた。
「やめとけって。俺には届かない」
「あなたに打つつもりは、ないですよ……」
 そう言って、亀島さんは銃を撃った。
 三回ほどの破裂音が鳴り響いたけれど、茶介には傷一つなく、氷の防御も発動していない。
「なんだぁ……?」
 自分の顔を触ったり、体を見渡す茶介。やつの体に異常はない。
 それは、当たり前の事だ。亀島さんが狙ったのは、茶介ではなく、俺。
 正確に言えば、俺の足を封じている、茶介の氷。
 俺を封じていた氷が砕かれ、自由になるが、俺はそんな状態が信じられなくて、亀島さんを見てしまう。女の子が、俺を助けるなんて、と、疑ってしまったのだ。
「約束は、果たしました……」
 そう言って、彼女は微笑んでいた。
 顔が、熱くなる。俺は、なんて恥ずかしい男だ。彼女はただ、俺との約束を果たそうとしてくれていただけだ。それなのに、彼女が女性だという一点で、俺は彼女を本当には信用できなくなっていた。
 それは間違いだったと、やっとわかった。
「……ちっ。そういう事か」
 俺の拘束が解かれた事を察知した茶介は、ゆっくりと、ふらついた足取りでこちらに向かってきた。風に吹かれたら飛んでいきそうなほど力のこもっていない足取りではあるが、俺にとってはそれが恐ろしい。
 やつはボックス保持者。俺はまだ、ボックスがない一般人。
 本来なら、どうにかして逃げる策を弄するべきだ。
 それが亀島さんの考えでもあったはず。
 だけど、それはできない。
「俺はムカついた……。ぶん殴らなきゃ、気が済まねえッ!」
 ぶん殴って、それからだ。
 亀島さん、ごめん。心の中でそう謝ってから、氷の床を蹴って、茶介に向かって走る。相手の装備は槍。いざとなれば、氷塊を飛ばした遠距離攻撃もできる。
「ボックスに目覚めてないんだから、痛い目を見る前に、諦めりゃいいのに……」
 心底、俺の気持ちがわからないとでも言いたげに、茶介は掌を突き出した。
 氷塊が来る。
 さっきまで、亀島さんとの戦闘を見ていた俺は、それがすぐにわかった。
 だから、氷塊が発射された瞬間に、スライディングをして、上半身に向けて発射された氷柱を躱す。ここは氷の世界。スライディングをすれば、俺の体が勢いよく滑っていく。
 さらに、机を蹴って進路を変え、ピンボールのようにして、茶介の背後を取り、素早く立ち上がり、懇親の右ストレートを後頭部に叩き込んだ。ボクシングで言えばラビットパンチ(打ち方は違うが)、つまりは反則級の一撃だったのに、やはり効いていなかった。氷の膜が、彼を守っている。
「それなら、こいつでどうだッ!!」
 俺はチョークスリーパーで、茶介の首を締める。打撃が効かないのなら、関節技だ。これで意識を落とせば、俺の勝ち。
 しかし、やつは俺の腕を凍らせ始めた。感覚が失われていき、関節も曲がりにくくなっていくのがわかって、俺はすぐに手を離して、体ごと距離を取るためにバックステップ。
 マジかよ、と舌打ち。
 殴ってもダメ、触れるのもダメ。
 どうすればいい? やっぱり、俺もボックスを使うしかないのか。
 でも、どうやって。
「あー、クソッ!」
 俺は、氷の地面を蹴っ飛ばした。自分の考えが、弱い方向へ行っているのに気づいたからだ。
 武蔵野白金からも逃げ、今この状況からも逃げようとしている。
 ボックスが無いからとか、トラウマがどーとか、そんなのは関係ない。このまま、逃げずに、自分のできることをやるだけだ。その結果どうなとうと、そんなのは関係ない。後の俺が考えればいい。
「やったらぁ!!」
 俺は、離した距離をもう一度ダッシュで詰め直した。
 全力の右ストレート。それを打ち続けるだけだ。俺の拳が何よりも硬い。何をも砕く。そういう気持ちで、ただ打ち込むだけでいい。
「そういうの、わかんねえな……」
 無策の特攻を仕掛けてくる俺を、茶介は心底見下げ果てた様に見つめて、槍を構え、そして、突き出す。
 まっすぐ、全力。
 お互いのそれが、ぶつかり合う。
 ぶつかり合えば、俺の拳が射抜かれるのは、当然の事だった。
 しかし、当然は、絶対ではない。俺の拳の前に、透明な壁が現れ、槍から俺の拳を、守っていた。
「……ま、さか」
 俺よりも先に、茶介が答えに辿り着いたようだった。一瞬遅れて、俺もやっと、辿り着いた。
「これが、俺の、ボックス……」
 俺だけの、力Blank Of eXtreme
 自然と、口から言葉が漏れてくる。
「『アブソリュート』ぉ!!」
 地面を蹴る。もっと、もっと前へと、アイツをブン殴れる間合いまで到達する為に。
 透明な壁を押し、氷を叩き割る。
「――ん、のやろっ!」
 一瞬、茶介は抵抗しようとしたが、すぐにやめて、俺の能力の全貌が見えないからか、今度はやつが距離を取った。
 だが、逃がさない。
 あいつが下がったという事は、俺が優位に立ったという事だ。その流れを逃すわけにはいかない。
 追いかけるように、一歩踏み出し、もう一度拳を振るった。俺の能力は、透明な壁を作る事。
「おぉッ!」
 俺は、自らの前にもう一度壁を作る。そして、その壁を、思い切り茶介に向かって押した。どんどん追い詰められていく茶介を、俺は思い切り、壁に叩きつけた。
「これで、終わりだ――ッ!!」
 教室の壁と、俺が作ったバリアによって挟まれる茶介。
「がっ、ふぐぅ――ッ!」
 空気を全部吐き出すような、茶介の声。そして、俺は壁を解き、もう一度、拳の前に小さな壁を出し、それで茶介の顔面を殴った。
 後頭部が壁に当たり、今度は壁と、俺の拳に挟まれる形になる。
 これなら、いくら氷で守っていようと、壁の所為で衝撃を逃がせ無くなり、脳が直接殴れるという寸法だ。
 俺の目論見通り、壁から流れ落ちる水滴のように、茶介の体が落ち、ぐったりと四肢を放り出す。
「はーっ……」
 緊張の所為で、上手く息ができていなかったのだろう。俺の体が、新鮮な空気を求めるため、無意識に深呼吸をした。
 その瞬間、発動させていた張本人が気絶した所為か、理科室が氷の世界から、普通の教室へ戻った。
 だが、それは同時に、今まで侵入者を防いでいた氷の壁を消し去るという事に他ならない。
「――いたぁ!!」
 つまり、先ほどの戦闘音を聞きつけ、やってきた追手達が、教室の中へと入ってきたのだ。
「ゲェーッ!」
 思わず叫ぶ俺。
 ボックスを持ったばっかだし、さっきまでの戦闘の所為で準備もろくすっぽしてねえ。一〇人以上はいるだろうこの連中には、さすがに勝てねえ。
 襲い掛かってくるボックス保持者達。
 俺は、半ばやけくそになって、「やったるわボケがぁ!」と叫んだ。内心では、「やだー! 来ないでぇー!」と叫んでいたりするが、それをわずかでも出すわけにはいかない。引いたら負ける。せめて士気くらいは拮抗させたい。
 そう覚悟したのに、まるでそれを茶化すみたいに、チャイムが鳴った。
「おい、今のって――」
「あぁ。くっそ! 逃げ切られたのかよっ」
 そう言って、追手達は、もう俺に用は無いと言わんばかりに、教室から出て行った。取り残されたのは、俺と、気絶した亀島さんと茶介だけ。
「……も、もしかして、助かった?」
 腕時計を見れば、時刻はすでに二時間目の始まりを告げていた。タイムリミット一杯、きっちり逃げ切ったようだ。
「――っはぁー! やったぞオラァー!」
 拳を突き上げ、叫んだ。
 さっきまでは緊張で体がカチコチだったが、今はもう、風呂に入ってたっぷりとくつろいだ後みたいに、体が軽い。
 とりあえず、亀島さんを保健室にでも連れて行かねば。
 亀島さんに駆け寄ろうとした、その時だった。拍手のような、手を打つ音が聞こえて、俺は教室の入り口を見た。
「げっ、白金!」
 入り口には、満面の笑みを見せる白金が立っていた。
「テメーっ! 俺を捕まえに来たな! やってみろやぁ!」
「……強気な発言とは裏腹に、バリア出てるよ?」
 だって怖いんだもん。俺を殺しかけた事を、忘れたとは言わせねえぞ。
「ま、今はやらないよ。今の綾斗くんとやったら、きっと、綾斗くんは私の事を卑怯者だって言うもん」
 俺の事を舐め腐ってやがるな……。
 実力差がありすぎるから、俺がまだボックスを得たばかりだから、まだ私には勝てないと、やつは言っているのだ。
「それはやってみなくちゃわかんねえが、まあ、まずは。なんの目的で、こんな馬鹿げた事を仕掛けたんだよ」
 バリアの中で、俺は敵意をむき出しにして、白金を睨む。この視線であいつを攻撃できないか、と思ったのだけれど、どういう意図で送ったモノなのか白金にはわかっていないらしく、笑顔は変わらない。
「綾斗くんが、今もまだ、強いままなのか気になったんだよ」
「……はっ。俺はいつだって強いさ」
 自分を大きく見せるハッタリは言っとくに限る。
「そうだね。今のところは、期待に答えてくれてるよ」
 期待という言葉に、すげえムカッと来た。やつの掌の中で踊らされているような言葉のチョイスだったから。しかし、今のところはその通りだろう。
「もっと私に、強い所を見せてよ。もし私の期待通りに、強い綾斗くんでいてくれるなら、その時は、私が相手をするよ」
 じゃあね、と言って、スカートの端を摘んで、恭しく頭を下げて、その場から去っていった。
 バリアを解いて、その後姿を見つめて、俺はやっと、緊張を解く事ができた。
「あ、頭と腹がイテェ……!」
 白金と、五メートルは離れた位置で会話しただけでこれである。
 これじゃあ、確かに白金に勝つ事なんて無理だ。
 やっぱり、トラウマを克服するしかないらしい。

       

表紙
Tweet

Neetsha