Neetel Inside ニートノベル
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 逃げるしかねえ。
 防御能力のない防御能力という、訳の分からないもんを持っている俺が先手を取れないというのは、それだけで、相手には相当のアドバンテージを持ってかれている。
 ――って言っても、俺が先手を取れる事ってそうないだろうなぁ……。
 俺が相手を襲う理由がねえ。
 とにかく、図書室から脱出して、体勢を整える。
 俺は本棚の群れから出ようとして、立ち上がって走るが、今度は足元に滑ってきた本を踏んづけてしまい、それですっ転んで、顔面から床に飲み込まれた。
「いってぇ!!」
 くっそ!! 本は丁寧に扱えよ! ここどこだと思ってんだよ!
 本って意外とすぐ痛むんだぞ!
「図書委員の人ーッ! ここに本を乱暴に扱う人がいますよぉー!」
 叫んだが、返事がない。っていうか、周囲を見れば人っ子一人いねえんだけど。
 さっきまでは誰かいたはずなんだが――。
『無駄ですよ……。人払いは済んでいますので』
 どこからか声が聞こえてくる。この声は、さっきの、俺に話しかけてきた女の声だ。
「テメーが俺にボックス攻撃仕掛けてんのか! 姿見せろ! 本に謝れ!」
『い、いまいち意味がわかりませんが……。安心してください。私は、白金お姉さまの命令で来ました。あなたが何をしようと、何をされようと、問題にはならない事をお約束します。本くらい安い犠牲です』
「それ聞いて何を安心すりゃいいんだ俺は。悪魔の使いじゃねえかお前よぉー!」
『……なんですのこの人』
 なんでそっちが引いてんだよ。引いてんのは俺だよマジで。こんなさぁ、図書室という闘争とは最も縁遠い場所で喧嘩仕掛けてきやがって。静かにしろって小学校の頃にしこたま怒られた経験の無い奴はこれだから。社会経験が足りないよ。
『葛城さん? これから、あなたには痛い目を見てもらうわけですが、よろしいですか?』
「よろしくないです」
 痛いの嫌いだもん。
『でしたら、降伏という選択肢もありますわよ? その場合、拘束させていただいて、白金お姉さまの元へ連れて行きますが』
「その選択肢の方が痛そうじゃねえか!! 詐欺だ詐欺!」
 そういう場合って、どっちかは痛くないやつじゃないと成立しないやつだろ!
『……先ほどから、アナタの中での白金お姉さまのイメージが、私とは真逆なのですけれど』
「誰が聞いたってこういう事になると思うけどね、さっきの問答は」
 特に白金が相手だと、そういう感じになるだろ。あいつは何しだすかわからん女だ。
 そんな話もそこそこにしながら、俺は相手の能力について考えていた。あいつが誰だか知らないが、少なくとも遠距離型の能力――、あるいは、透明化して俺の周囲にいるか。でも、声の感じからして、そう近くにいるとも思えない。それまでごまかす能力と言われてしまえば、それでお終いだが、そんな都合のいい能力があるとは思えない。
 そんなに都合よくできるなら、俺のアブソリュートはもう少し硬くしてほしい。
 個人的には、遠距離攻撃ってのがもっとも濃厚だ。というか、事実そうなんだろう。どれだけの射程があるかはわからんが、それでも、ここにいるのはマズイ。本ってのは地味にダメージがある。
「こうなりゃあ……」
 俺は、自らの周囲にアブソリュートを張り巡らして、一気にダッシュ。
『逃がしませんわっ!!』
 周囲の本が、一斉に俺へと向かって飛んでくる。なんかカラスに体を啄まれるような光景を思わせて、アブソリュートの中に居てもすげえ怖い。っていうか、向かってくる本を防ぐだけでめっちゃ軋んでる音がする。
 だが、それでも防ぎきる事はできた。
 図書室を脱出した俺は、どうすべきか考えていた。また理科室にでも逃げこむか、と思ったが、あそこは誰が見ても利用できる物が多い。罠にはめるのなら、こっちが準備を整えてからじゃないと。
 濃硫酸とか顔にぶっかけられたらたまらんしな……。
 治せるボックスとか、ありそうだけどね。
「くっそ! どこ行きゃいいんだろうなぁ!」
 俺は必死に走りながらも、どこへ向かうべきかと考える。
 放課後だし、このまま逃げてもいいが、そうなると、今後学校内で襲われるいつ襲われるかわからない。ここで倒しておくのがベストだが――。
 それができりゃあ苦労しねえんだよなぁ!
 なので、俺はその勝利条件は捨てた。
 とにかく、今日は帰る。お家帰る。そして、後日亀島さんとか、茶介とかに協力を要請するっきゃねえ。
 鞄取りに行ってる暇はねえし、階段をまっすぐ下駄箱へ向かって駆け下りる。
 さすがに、上履きだし、靴くらい履き替えてもいいだろう。
 俺は自分の下駄箱から、靴を抜こうとするが、下駄箱が開かない。
「……まさか」
『ええ、あなたがここに来るのは、予測済みですの』
 なんでっ、あいつが、ここにもう来てるんだよ!
 いや、確かに帰るなら、ここを通るのは間違いないが、俺はまっすぐここへ来ている。後ろを確認しながらだ。最短ルートと言ってもいいのに、女のあいつがなぜ俺より早く来れた。
『喰らいなさいっ! この攻撃を!』
 どこかの下駄箱が、勢いよく開いたような音がする。そして、すぐに下駄箱を越えて、一足のスパイクシューズが飛んできた。
「げぇッ!?」
 スライディングで足をえぐる事のできるスパイクが、さっきの本と同じくらいのスピードで飛んでくるとなると、頭なら頭が割れるし、少なくとも皮膚は間違いなく裂ける。
『命だけは助けてあげますわ! さぁ、眠りなさい!!』
 スパイクが、俺に向かって飛んでくる。
 スパイクを防げるかは、微妙だ。スピードも結構ある。だが、やるしかない。
「『アブソリュート』ぉ!!」
 向かってくるスパイクへ向かって、掌と共に透明な壁を掲げる。だが、まるでガラスみたいに、簡単に破られる。
 俺のアブソリュートに、いいところがあるとすれば、それは展開速度と量産性の高さだ。どれだけ作ってもいいし、作るスピードも早い。ジャンクなバリア。
 だから、俺は一枚破られると、すぐにもう一枚のバリアを張って、それが破られたらもう一枚。そうしていれば、勢いが殺され、避けるのは簡単になる。
 そうして、苦労しながらも避けて、俺は下駄箱から退避しようとするも、もう一足のスパイクが進行方向から飛んでくる。
「あぶねっ!」
 俺は、とっさに腕でガードしてしまった。まだアブソリュートでガードする、というのが癖になっていないのだ。だから、スパイクが腕に刺さった。
「うぐぁァッ!! ――くっそ、いてえ……!」
『まだまだ、痛い目を見てもらいますわ。お姉さまをバカにした罰!』
 背後のスパイクが、勢いを取り戻して、俺はそのスパイクを腕にまとわせたアブソリュートで叩き落とす。さっき腕に食らってしまったから、気をつけたのだが、弾いたら今度は、地面に落ち、スパイクが俺の足を抉った。
「ぐぅッ!」
 しまった、逃げ足を潰された――。
 くっそ。だが、ここで諦めちゃならねえ。相手は遠距離攻撃特化。サイコキネシスみたいなもんだと予想しよう。
 俺の逃げ足を潰した程度で、出てくるとは思えない。
 まだ、まだ逃げられる。倒れた俺は、這いずりながら、下駄箱から離れようとした。
 こうなってしまっては、外に行くのは逆に危険だ。校庭は部活をしている生徒達がいる。今度は、さらにとんでもない物が飛んでくる可能性があるだろう。
 学校内、それも、周囲に何もない場所へ、見通しが聞く場所へ行くのが望ましい。
「……あ?」
 俺は、そう思って、ふと、自分の思考に違和感を覚えた。だが、そうしながらも、手足は止めない。
『うふふ……。情けない姿ですわね、葛城さん……』
 なんであいつは、俺の体を直接持ち上げない?
 考えられるパターンは、二つ。
 重量制限があるか、あるいは、持ち上げてしまったら能力の正体がバレるからできないか――。
 可能性は潰していくしかない。
 俺は、ゆっくりと壁に手をついて立ち上がり、目的の場所へ向かう事にする。とにかく、二階につけば、目的の場所はすぐにつく。こうなってくると、一階に降りてしまったのは大失態。
 だが、そうなってくると、あいつが俺を素直に二階へ通すとも思えない。それまでに倒すだろう。長引かせる理由もないし。
 痛みが引くのを待って、ちょっと無茶をしてでも、走って逃げるのが一番だ。その為には、会話でつなぐしかない。
『……さて、そろそろ、眠っていただきますか。そのまま、うつ伏せの体勢でいてくだされば、後頭部をかち割って、気絶するだけで済みます』
 それは一般には重症って言うんじゃないですかねえ……。
 まあ、かまっている暇はない。俺は必死に、先程までの会話を思い出しながら、相手が興味を持ちそうな話題を探す。
「……お前、白金の事をお姉さまって呼んでたな」
 相手が、息を飲む様な気配。
『ええ。それがなにか?』
 今、俺があいつの興味を引けるカードといえば、白金しかない。俺にとっては反吐の出る行為ではあるが、白金の話題で、俺の命をつなぐ。
「よっぽど尊敬しているみたいじゃん。なんせ、わざわざ白金の為に、俺を連れて来いって指令をこなすくらいだからな」
『……そうですわね。お姉さまは、すばらしいお人です。容姿、才覚、そして、ボックス能力。すべてが一級品、私も、ああなりたいと思っております』
 俺は絶対、ああはなりたくない。
 もちろん言わないけどね。相手を怒らせて、無理な特攻かけられたら速攻負けるし。だから、相手が会話を打ち切らないよう、怒らせないよう、慎重に言葉を選ぶ。
「俺も一度見たけど、確かにすげえボックス能力だった。見た目も神秘的だ。だからこそ、なんであいつが自分から来ないかがわからんけど」
『……私は、言わば試金石ですわ』
「どういうことだ?」
『私を倒せないような男に、会いに来てほしくない、ということではないでしょうか。白金様は、あなたに『信じているからね』と言っておりましたよ』
 すげえ勝手な言い分で笑いそうになる。頼むから、俺を放っておいてほしいんだけどな。
『ですので、ガッカリさせないでください。お姉さまにそこまで言わせたあなたが、そう這いつくばっている光景は、落胆ものです』
「……大丈夫。お前を倒す策は、進行中だから」
『……なんですって?』
「おおっと!!」
 俺は、大声を出す。見えないからかなり勘でやったが、あいつは、きっといま能力で何かをしようとしたはずだ。
「いいのか、うかつに能力を使って。策が進行中って言ったろ?」
 俺は、足の様子をこっそりと、地面を蹴って確認する。もう大丈夫だろう。目的の場所まで走れる程度の回復はした。
『……関係ないですわ。私のボックスなら、何があろうと』
「そうかい」
 俺は、できるだけ軽く立ち上がり、思い切り地面を蹴った。できるだけ余裕そうにし、相手の度肝を少しでも抜けるように逃げた。
『――なっ! 待ちなさい!』
 驚いたような声が聞こえてくる辺り、相手の初動を少しでも遅らせる事ができたらしい。能力の正体を、まずは掴むんだ。そうすれば、俺は勝てる。

       

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