Neetel Inside ニートノベル
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  ■

 王に会うなら、きちんとした正装をしなくっちゃならない。
 そう担任に告げられたが、しかしテンフは服なんてそんなに持っていない。困ったな、と思ったが、竜に育てられている現状を考慮してくれたのか、鎧を渡された。
 その鎧は、コーラカル騎士団の証。本来なら、卒業と同時に渡されるのだが、今回は特例ということでの貸出。
 初めて着る鎧に苦労しつつ、体を地面に縫い付けられるような感覚を味わいながら、城へと向かった。これが自宅から迎えと言われたら、さすがにテンフは鎧を断る。
「……獣は鎧を着ないんだよなぁ」
 玉座の間、その前。
 テンフは、大きな扉を見ながら、ため息を吐いた。真っ白な城は、中も白だった。赤い絨毯だけが強い色合いで、妙に目につく。
「……何か言ったか?」
 テンフの前に立っている、鎧を着た先輩騎士が、テンフを見つめる。屈強で、なんとも強そうな人だなぁ、体なんか、俺よりも数倍大きい。そんな風に、テンフも彼の事を観察する。
「あ、いえ。別に――。それより、先輩。先輩は鎧、重たくないですか?」
「そりゃあ、もう何年も着てるしな。お前、翼竜憑きって呼ばれてる少年だろ?」
「はあ。まあ、そう呼ばれてますね」
「初めて見たぜ。竜に育てられたんだって? それまた、なんで」
「別に大した事じゃないんですけどね――それなりに長くなりますけど、いいですか?」
「いんや。長くなっちゃ困るな。王に謁見するんだ。待たせるわけにゃ、いかないしな」
 そう言って、先輩騎士は大きな扉をノックして、「失礼たします! テンフ・アマレットを連れてまいりました!」と叫ぶ。中から、「入れ」と厳かな低い声が聞こえてきて、先輩騎士が扉を開いた。
 廊下から続く赤い絨毯の先に、玉座へ座る、一人の老人。長く白いヒゲと髪と、赤マント。風化した岩みたいにシワが走る険しい顔。彼こそが、コーラカル王国の王、マスカレイド・コーラカルである。
 王という自負が、彼の全身から威厳を醸し出していた。
 人間というよりも、獣の完成を持つテンフでさえ、彼のオーラには圧倒された。
 先輩騎士が、王の前に跪く。テンフも、『あぁ、そうするんだ』とその仕草を真似た。
「え、と。テンフ・アマレットです。住まいは、サマック村の近くにある森で――」
「バカッ。ちがう、普通の自己紹介じゃない」
 と、隣に座る先輩騎士から、小声で言われて、テンフは「えっ?」と、戸惑った様に彼を見つめる。
「学校で習わなかったか? 王に謁見する時の挨拶は、所属を言ってから、名前だけでいい。住まいなんて言う必要はない」
「は、はいっ。えと、コーラカル騎士養成学校、歩兵学科所属、テンフ・アマレットです。呼ばれたので来ました」
「……はぁ」
 隣で、先輩騎士が大きなため息をついた。先ほど、テンフが鎧に対して吐いたのと同じようなため息だった。
「そういう時は、『召喚に応じ、参じました』だ……」
「あっ、あははは……。すいません……」
 アグレから教わった事は、ほとんど鮮明に覚えているのだが、学園で教わった事はといえば、そんなに覚えていなかった。というより、なんだか頭に馴染んでくれず、とっさには出ないのだ。
「よい。まだ新米の若者だ。多少の無礼は見逃す」
「はっ。ありがとうございます……」
「あ、ありがとうございます!」
 王の言葉に、頭を垂れる二人。言葉にも態度にも出さないけれど、テンフは『かったるいなぁ』と思っていた。
 礼儀、人間社会で過ごしていくためには大事だが、テンフはそれに馴染めない。だからこそ大事だとわかっているのだが、それでもできない。
「騎士候補生、テンフよ。そなたの活躍、確かに聞いたぞ。候補生でありながら、多数の野盗に一人で立ち向かうその勇気。我が国の騎士として、誉れ高い。その働き、褒めてつかわす」
「ど、どうも……」
 隣の騎士に睨まれ、テンフは「あ、ありがとうございます」と慌てて言い直す。
「そこで、だ。そなたに褒美を授けたいと思うのだが、何がよい。申してみよ」
「……ほ、褒美ですか」
 テンフは、どう答えたものかと、首を掻いた。足も痺れてきたし、早々に立ち去りたいのだが、もらえる物があるというのなら、もらっておきたいのが本音だ。
「……え、っと。それなら、少しでいいんですが、お金をいただけると」
「金、か。なぜだ?」
「実は、アグレ――俺の親代わりの竜に、お世話になっている礼というか、まあ、そういうのをあげたいなと思っていて。なんでかは知らないけど、俺が騎士以外のことで金を稼ぐのは嫌いみたいで、他の所では働かせてくれないんです」
 だから、今回の事はいい機会なのだ。
 活躍を認められ、その褒美としてもらった金なら、アグレも受け取ってくれる。
 とくに欲しい物などないが、アグレへの恩返しならいつでも思いつける。だから、今回はアグレへの恩返しだ。
 王は、「なるほど」と頷いた。
「そなた、よほどアグレという竜を尊敬しておるのだな」
「そう、ですね……。親のいない俺を、育ててくれました。俺がこうして、まともに教育を受けられるのも、アグレのおかげなので」
 ふむ、と、王が息を漏らす。
 もしかして、ちょっと欲張りすぎたんだろうか、とテンフは一瞬焦ったが、撤回する前に背後から「お前か? 翼竜憑きと呼ばれている騎士候補生は」と少女の声。
 テンフが振り向くと、そこには、真っ白なドレスを着た、一人の少女がテンフをジロジロと見つめていた。頭にティアラを乗せた、金髪の少女。蒼い瞳は、王様と同じ。
 そこでテンフは、彼女が王女である事を察した。
「こら、シュティ。無礼な口を利くな。彼は騎士候補生、お前は王女と、確かに立場は上かもしれないが、彼は勇士。敬うべき者だぞ」
 王の言葉で、彼女が女王であること、そして、シュティという名前である事を確認した。
「……ふむ。噂には聞いているぞ。たった一人、野盗共に立ち向かった、翼竜に育てられた男、だな」
 間違ってはいなかったので、特に否定はしなかった。軽く頷いて、
「そ、っすね。その、テンフ・アマレットです」と言った。
「うむ。妾が、コーラカル王国の王女、シュティッダ・コーラカルだ」
 そう言って、テンフの横を通りぬけ、王の隣にある一回り小さな玉座に腰を下ろした。
「テンフ・アマレットよ。先ほどの、お主の願いだが、確かに聞き届けた。――騎士長よ」
 テンフの隣に座っていた男が、「はっ」とより頭を垂れた。
「宝物庫にある、金貨袋を彼に持たせてやりなさい」
「かしこまりました。――いくぞ、テンフ・アマレット」
「あ、はい」
 二人で立ち上がり、王とシュティに頭を下げて、玉座の間を出た。鎧の下は緊張の汗でびっしょりで、こういう場には向いていないんだな、とテンフが痛感するには充分すぎる出来事だった。
「なあ、テンフ」
「あ、はい。なんすか、騎士長」
「お前も今後、騎士を目指すんなら、上への礼儀ってのは、覚えておいた方がいいぞ」
「……は?」
「お前、礼儀がなってないからな。翼竜憑き、なんて言われて、竜に育てられたハンデがあるんだ。上に媚びなきゃ、出世のチャンスなんて巡って来ないぞ」
「……そういう、もんですか」
 そういうもんだよ、と、騎士長は言った。その笑みはどこか切なそうで、言いたくないことを無理に言っているようで、テンフもそれ以上は何も言わなかった。
 彼が騎士長という立場に登り詰めるまで、どういう苦労があったのだろう。
 テンフはそれが気になって、聞いてみたかったが、言葉にはできなかった。今後の自分がどういう気苦労を背負うハメになるのか、その答えが返ってきそうで。
「……俺もな、実は孤児なんだよ」
「えっ」
 いきなりの言葉に、一瞬、テンフは彼の言葉を飲み込めなかった。だが、すぐに彼にも親がいない事を理解する。おそらく、宝物庫へ向かうだろう彼の背中を追いながら、黙って彼の話を聞いた。
「まあ、戦争とかたくさんある世の中のクセに、両親が戦争で亡くなっても、その子供を保護しようなんて事にはならないからな。――どうにかして、一人で生きていかなきゃならない。お前は……どうなんだろうな。親代わりがいる、っていうのは幸運だが、それが竜ってのは」
「……どうなんですかね」
 アグレの事は尊敬しているし、実の親のように思っている。しかし、アグレの事で、『翼竜憑き』と呼ばれるのは、鬱陶しい。もし親代わりが竜でなければ、余計な苦労を背負い込む必要もなかった。
 恵まれていないわけじゃないけれど、恵まれているわけでもない――。
 自分は、どうなんだろう。
 考えたくない、わからない。三秒、テンフは考えもせずにその思考を放棄した。
 そこで話は終わって、騎士長は、宝物庫から、それなりの大きさの金貨袋をテンフに放り投げ、「じゃ、それで親に恩返しだな」と笑った。

  ■

 テンフが去った後の、玉座の間。
 シュティは、隣に座る父である王へと視線を向ける。
「父上?」
「なんだ」
 王は、「これから雑務がある。長い話なら、後にして欲しいのだが……」と、申し訳無さそうに目を細める。
「そんなにお手間は取らせません。――先ほどの、翼竜憑きの少年。竜に育てられた、と聴きましたが、それは真でしょうか?」
「……そうだな。お前も見ただろう、つい先日、我が城の前で雄叫びをあげたあの赤い竜を」
 アグレはあの夜、城の前で滞空し、「私の息子が野盗と戦っている! 騎士共を貸せ!」と、城に向かって怒鳴ったのだ。
 だからこそ、王はテンフの活躍なのだとすぐに、嘘偽りなく知る事ができた。
(……もしかしたら、そうして暗にあの少年の活躍だと、国に広めたのかもしれないな)
 シュティは知るよしも無いが、一国の主という立場である王は、アグレの狙いを察していた。竜とは、人間以上の知能を持つ存在。だからこそ、テンフがどういう立場にいるのかも理解しているはず。
 地位回復、そして、誰かに手柄を横取りされない為の釘刺しとしてのアピール。自分を使って、テンフの出世に役立てた。しかし、それだけじゃないのかもしれない。
 王は、アグレがどれだけ考えているのかを想像すると、年甲斐もなくワクワクしていた。アグレがどういう気持でやっているかはともかく、まるでアグレが、テンフという駒を使って、どれだけ王国内で出世できるかを試しているようにも思える。
 まるでゲームだ。ポーンがどれだけキングに迫れるか、というゲーム。
 そう思うと、王は、テンフの行末が楽しみになってくる。
「……父上、どうかなさいましたか?」
「あぁ、いや、なんでもない。それで、話しというのは?」
「いえ、それがですね、私にはどうも信じられないのです。あんなに覇気の欠片もない男が、野盗を相手に一人で立ち向かったというのが。竜に育てられたというのですから、もっと野性味溢れる、目付きの鋭い男だと思っていたのですが」
 まるで、そこに真偽が書いていると言わんばかりに、入り口の扉を睨むシュティ。
「人は見た目で判断するな。――まあ、そう言いたい気持ちは、わからんでもない。だが、この間の竜が――」
「――本当にそうでしょうか?」
 王の言葉を遮り、シュティは王を見つめた。
「どういうことだ?」
「あの男を見て、思ったのです。あの竜が来たからこそ、翼竜憑きである彼が立てた手柄だと、我々は信じている。しかし、もしそれが狙いだとしたら? あのドラゴンで、必要以上に自分の活躍だとアピールし、誰かの手柄を横取りした、ということはないでしょうか?」
 王は、一瞬ニヤリと笑う。娘の成長が嬉しいのもあるが、そういう試練アプローチもあるのか、と。別に、テンフに試練を与えたいわけではない。彼だって国民だし、嫌いだとかそういう個人的な感情を抱くほど知っているわけではない。
 けれど、『疑いが芽生えたなら、潰さなくては王ではない』
「……シュティはどうしたい?」
「ゲグゥト」小さく呟くシュティ。「今度、私は外交の為、隣の国、ゲグゥトへ行かなくてはなりませんよね? その護衛役に、彼をつけていただきたいのです」
「なぜだ?」
「もう少し観察して、私が納得を得る為です」
 にやり、と、意地の悪い笑顔を浮かべるシュティ。それを見て、ああ、やはり私の娘だな、と王は穏やかな気分になった。

       

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