Neetel Inside ニートノベル
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  建物内部の生命を感知していたのであろう。報告所を出ると亡者の群れがすぐさまケーゴたちを目がけて緩慢ながらも迫ってきた。
 ケーゴは精霊剣に手を掛けた。
 しかし、彼を制するようにゲオルクが躍り出た。
 「ケーゴ、お前はこの作戦の要だ!無駄な消耗は避けよ!」
 「ここは任せるのである!」
 言うが早いかゲオルクの剣とゼトセの薙刀が敵を裂いた。
 しかし、彼らの戦いに呼応するかのように敵は増える。
 亡者たちにはもはや知性が残されていないようで、屋内へ侵入しようとはしない。しかし、多くの入植者がその屋内に退避してしまった今となっては、ケーゴたちは格好の獲物だ。
 報告所は交易所を東西に走る大通りに面している。
 交易所の中央にまで辿り着きたいのであれば、この大通りを走り抜けるのが最短ではあるのだが。 
 「さすがに多いわね…!」
 はじめに現れた魚人の亡者だけではない。既に多くの入植者が犠牲となり亡者の仲間入りをしているのだ。
 「このままじゃ囲まれちまうぞ!――操!」
 ウルフバードの言葉と共にあらかじめ彼の周囲に展開されていた水がケーゴたちの足元に浸され、そして浮き上がった。
 かろうじてその水の足場に取りついた亡者もゲオルクたちによって叩き落される。
 足場はそのまま亡者たちの手が届かない位置まで浮かび上がって動きを止めた。
 「このまま俺の水で全員所定の位置まで向かうぞ。いくらなんでもあのまま強行突破じゃ護衛がもたん」
 「しかし、それでは貴公の魔力がもたないのではないか?」
 ゲオルクの懸念にウルフバードはひらひらと手を振った。
 「ギリギリのところでやりくりしてるんだ。そう思うならここでつべこべ言わずにさっさと中央まで行ってくれ。俺もこのまま束ね盾詠唱の方角まで飛ぶ」
 それだけ言うとウルフバードは水で生成された床を6つに切り離した。
 中央に向かうケーゴたち、そして束ね盾発動のための魔術師たち5人分だ。
 束ね盾を支える魔術師たちにはそれぞれ護衛がついている。
 ビャクグンもそれに倣いウルフバードが立つ水の床に移動しようとしたが、ウルフバードはそれを制した。
 「ビャクグン、お前はあのケーゴってガキを守れ」
 予想外の言葉だ。
 一言驚きの声をあげてから、ビャクグンは言う。
 「小隊長殿、それではあなたが…!」
 「それでいい。束ね盾はあくまで保険。今第一にすべきはケーゴたちを守ることだ。それにはお前の力が必要だろう。代わりに一人二人ばかりアルフの魔導師を借りるぞ。いいな?」
 最後はフロストに向けて発せられた言葉だ。
 癪ではあるがウルフバードの言うことにも一理あると思い、フロストは首を縦に振った。
 なにせビャクグンは妖なのだ。フロストはそれを知っている。彼がケーゴたちと共に行動してくれるのならそれはそれで心強い。
 当のビャクグンはそれに反対しているようである。
 「しかし…」
 なおもそう言い募ろうとする彼をウルフバードは半ば無理矢理にケーゴたちのもとへと向かわる。
 「――操」
 そして再びウルフバードがそう唱えると、水が動き出す。
 「小隊長殿…!」
 憂えるような表情のビャクグンと共にケーゴたちが乗る水の足場は交易所の中央へと向かっていった。
 同様に他の術師たちも各々の持ち場へと移動させ、ウルフバードは護衛に向き合った。
 「…という訳だ。お前たち、よろしく頼むぞ」
 アルフヘイム出身であろう護衛の魔道士2人は憎むべき丙家の男を前に硬い表情をしている。警戒されているのだ。無理もない。
 別段それを気に掛けるでもなくウルフバードは自身の持ち場へと足場を移動させ始めた。
 何を話すでもない痛々しい無言の中足場は交易所の北西へと向かう。
 見れば魔道士2人は交易所を見下ろし、眼下の亡者たちの警戒をしているようだ。
 彼らの背後に立つウルフバードはそれを認め、口角を釣り上げた。
 そうだ。それでいい。俺ではなく亡者共に集中しろ。
 ビャクグンは絶対にそれをしないとウルフバードには確信があった。あれはいつでも自分を見ているのだ。
 だから別行動にした。怪しまれるかもしれないが、こうして別れてしまえば問題ない。
 ウルフバードは気取られぬ程度に詠唱を行い、足場の一部を切り離した。
 切り離された水は空中で鳥の形を成し、ウルフバードたちとは別の方向へと飛んで行った。
 ビャクグンであれば確実に気づいたであろうこの一連の行動を見過ごした魔道士たちは、ちょうど着地地点を確認したらしく、次の指示を伺うように振り返った。
 ウルフバードは余裕が見え隠れする表情でアマリから預かった勾玉を取り出した。
 「…それじゃ、大仕事といくかねぇ」


 「あそこだ!」
 上空から交易所の中心たる噴水を見つけ、イナオが声を上げる。
 後は着地してケーゴと協力して調伏の呪文を唱えるだけだ。
 「…と、そう簡単にもいかないようであるな…」
 足場から身を乗り出して下界を確認したゼトセが苦々しく呟く。
 噴水は交易所を東西、南北に貫く大通りが交差する地点にある。
 そこには亡者たちもまた大量に徘徊していた。
 近づく命の焔に気づいたのか亡者たちもまたこちらを見ている。
 「…しかし、あれに知性があったらと思うとぞっとするの」
 「屋内に無理やりに侵入されていたらとうに交易所は壊滅していただろう」
 アマリとゲオルクのぞっとしない会話に耳を傾けつつ、ケーゴも交易所を見下ろす。
 そこで気づいた。
 「…ところでこれ、どうやって降りるんだ?」
 彼の言葉の意味するところを理解し、一同の時が止まる。
 水の足場は噴水の手前にたどり着いたところでお役御免とばかりに動きを止めている。
 到着した瞬間に消滅しない分良心的と言えばそうなのだが。
 「…バカ魔道士ッ!」
 どうにもウルフバードへの悪態をつきたいらしいフロストが北西に向かって吠えた。
 他の魔道士たちは魔法を使って着陸することもできるだろうが、こちらは魔法を使えない者もいるのだ。
 加えて眼下には明らかに他の場所よりも多いであろう亡者たち。
 「…ま、まぁ、報告所からここまで戦いを避けることができただけよかったと思うべきでしょう」
 苦笑いをしながらウルフバードの弁護を図るビャクグンに同調しつつ、アマリが指先に炎を出現させた。
 「いずれにせよここは強行突破と行くしかあるまい。いずれにせよ飛び降りるにはちと危ない高さじゃ。フロストとやら、足元の亡者たちの処理を頼めるかの」
 「え?あ、はい!」
 首を縦に振ったフロストに頷き返し、アマリは一同を見回した。
 「なら妾の合図と共に一斉に飛び降りるとしよう。着地は妾の加護の炎でなんとかする。亡者たちはすぐにまた襲い掛かってくるだろう。飛び降りたらすぐに調伏に入る」
 説明の途中でイナオを目で制す。自分の手助けをして無駄な霊力を使うなということだろう。
 イナオもそれを理解して視線をもって返す。
 本来はアマリ自身も霊力を削ぎたくはないのだ。
 飛び降りるとともにアマリ自身が亡者を焼き尽くさず加護に徹するのもそのためだろう。
 この場で遠距離から亡者を一網打尽にできるのは魔法の使えるフロストだけだ。しかし、そのフロストの氷魔法では着地を和らげるには程遠い。
 全員が頷くのを確認し、アマリは地上を見据えた。
 「よし…ゆくぞ」
 しん、と緊張が一同の間を駆ける。
 フロストが魔力を開放し、冷気を纏う。
 ゲオルク、ゼトセ、ビャクグンはそれぞれ得物を手に構える。
 ケーゴとアンネリエ、イナオは互いに緊張の面持ちを見せ合う。
 誰かが生唾を飲み込んだ。
 その音が奇妙なほど大きく響く。
 それが合図であったかのようにアマリが声をあげた。
 「跳べっ!!」
 8人の跳躍。同時にフロストが喊声を上げ、眼下の亡者たちを全て氷つかせた。
 それを確認するかしないかのうちにアマリが炎を放つ。
 苛烈な炎にみえたそれはしかし、春の陽気がごとく温もりをもってふわりと彼らを抱きかかえる。
 全員が着地すると同時に加護の炎は消え去った。本当に着陸の衝撃を和らげるだけのものであったようだ。
 同時に周囲に集まって来ていた亡者たちの姿が明らかになった。
 氷漬けにしたのはあくまで着地地点の亡者たちのみだ。
 すぐさまゲオルク達が迎撃を開始した。
 ケーゴも精霊剣を抜いた。
 挨拶代りとばかりに紅蓮の炎が噴き出し、周囲の亡者を一瞬で焼き尽くす。
 それに驚く者たちを尻目にケーゴは叫んだ。
 「さぁ!シェーレに!」
 アマリに向けて放たれた言葉だ。
 ケーゴに向き合ったアマリは瞬き一つで火狐へと姿を変えた。
 そしてシェーレが纏う紅蓮と混ざり合い、1つの炎を成す。
 剣を構えるケーゴの右肩をアンネリエが掴む。そして彼女は静かに目を閉じた。
 土の性を持つ魔素を体内で操る。
 詠唱が叶わなくなって以来、自らの魔素に触れることはなかった。しかし、自分のこの力が今は必要だ。土の性をシェーレへ、アマリへ送ろうと意識を集中する。
 不安はなかった。
 だって隣にはケーゴがいる。
 身体が沸騰しているかのようだ。
 魔素が自分の中でたぎっている。熱い。この火照りはケーゴに伝わるだろうか。
 彼の肩を掴む手に力がこもる。体をめぐる魔素を上手く繰る。
 そうして彼女の魔素はケーゴを介して精霊剣へと至った。
 剣が纏う炎は紅蓮から山吹色の輝きへと変化した。
 火の性がアンネリエの持つ土の性を受け入れ、混じりあったのだ。
 ゲオルクが剣を振り下ろし、ゼトセの薙刀が一閃を描く。
 フロストが氷の魔法を駆使し、ビャクグンが敵を薙ぎ払う。
 短剣が放つ黄金の輝きはいよいよ眩しく、ケーゴとアンネリエは目を細めている。
 全ては整った。
 後は。
 イナオは激しい焔に竦むことなく一歩踏み出し、ケーゴの左肩を掴んだ。
 そして一気に熱い空気を吸い込み、鎮魂の祝詞を唱え始めた。
 

       

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