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「さて、今日こそ宿を探そうか」
「えぇ」
北門をくぐり開口一番そのやりとり。これを何度繰り返しただろうか。
1人は青い髪を好き放題に跳ねさせ、背負われるほどの荷物をしょっている。顔も声もどこか落ち着きを持った青年だ。
もう1人は赤紫色の髪を後ろで一つに束ね、申し訳程度の鎧を身に纏っている。頭に3本の角を生やした半亜人の女性だ。
いつも通りの朝。いつも通りの会話。
それでも、彼らの胸には癒えぬ【喪失】が刻まれている。
ロビンは隣にいるシンチーが今までよりも自分に身を寄せていることに気づいていた。
今までのシンチーならそんなことはしなかった。それを望んでいたとしても決して行動に移すことはしなかった。
これはどうしたことだろうか、と考える意味もないほどの問いがロビンの頭に浮かんだ。
そう、考えるまでもない。
頑ななシンチーを変えたのは1人の冒険者だ。
ロビンはその面影を探すかのように空を見上げた。
臙脂色の髪ときざっぽい笑いが空の青に透けて見える。
ジョスリー・ヒザーニャ。
その声を聞くことは二度と叶わないのだ。
と、そこでロビンは頭を振った。
シンチーとヒザーニャの会話をロビンはほとんど知らない。知る必要もない。
ただ、確実に何か彼の想いがあって、今シンチーはここに立っているのだ。
誰よりもヒザーニャの死を嘆いたシンチーがこうして毅然と彼の想いに応えようとしている。
ならば、自分もシンチーの気持ちを受け止めなければならないだろう。いつまでも彼のことを引きずるわけにはいかない。
そう思いを新たにシンチーと向き合おうとしたのだが。
「あっ、ロビンさん!シンチーさん!」
交易所を南北に貫く大通りで、突然声をかけられた。
どこかで聞いた声だなあと思って振り返ると、美人が手を振っている。
むっ、とシンチーは眉をひそめた。
あぁ、とロビンは手を振った。
「ローロさんじゃないですか」
金から紫へとグラデーションのかかる髪をまとめ、「アレク書店」と書かれたエプロンをしている女性は、笑みを浮かべながら人混みをかき分けて2人に近づいた。
そしてぺこりと一礼。
「ご無沙汰しております」
「そうですね、最後に会ったのがもうずいぶん前に感じますよ」
何気取った言い方してるんだ、と内心文句の1つでも投げてやろうと思ったシンチーだ。が、その腹の立つ言い方がどこか彼を思い出させて彼女は俯いた。
そんなシンチーの心情などいざ知らず、ローロは小首をかしげて尋ねた。
「あの、その後学校のお話はどうなったんでしょう」
予想外の質問にロビンとシンチーは顔を見合わせる。
そういえば、そんな話もあった。
あの後ロビンたちもロンドもそれどころではないトラブルに巻き込まれてしまって完全に忘れていたのだ。
ロビンは取り繕うように笑った。
「いやぁ、そういえばまだ手紙の返信がきてませんねぇ」
本当は通信局に自分あての手紙があったか確かめてもいない。
ローロはしょんぼりとそうですか、とだけ返した。
罪悪感に苛まされる前にロビンは話題を変えた。
「えーと、今日は店は休みなんですか?」
「いえ、違いますよ。ちょっと用向きがあって通信局へ。ただ――」
そこでローロは顔を輝かせた。
「お店を手伝ってくれる人が見つかったんです!その子に今は店番を任せているんです!」
「へー、それは良かったですね!」
「ちょうどお話したいこともあったんです!紹介しますよ、いったんお店に来ませんか?」
言いながら既にローロはロビンの腕を引っ張っている。
ロビンはあまり抵抗せずに引っ張られ、シンチーは黙ってそれに続いた。
少し気に入らないが、それでもこうしてロビンの腕を引っ張ってくれる人間がいることが嬉しくもあるのだ。
アレク書店ミシュガルド支店は交易所の一角にあるこぢんまりとした店だ。
誰もが冒険を求めてミシュガルド大陸にやってくるのであるが、あまり本を買いに大陸にやってくる者はいないため、その売り上げは芳しくないという。
「よく人を雇えましたよねぇ」
若干失礼なロビンの物言いにローロは苦笑した。
「んー、確かにそうなんですけど、なんとかなんとか。ベッドとご飯の提供の条件でお店を手伝ってもらっているので」
「あぁ、そういうこと」
まぁそうしなければ生きていけないということだろう。
財布でも過去に置いてきたのだろうか。
取り留めのないことを考えていると、もうアレク書店の前だ。
「さ、入ってください」
ローロが扉を開けると来客を告げる鈴が軽やかな音を立てた。
作業をしていたらしい後姿がその音を聞いて振り返る。
強張っていた顔がローロの姿を確認するや和らいだ。
「…お帰りなさい、ローロさん」
安心したようにそう微笑む。
背後でロビンとシンチーが瞠目し言葉を失っているなど知る由もなく、ローロも笑顔で応えた。
「ただいま、アルペジオ」