Neetel Inside ニートノベル
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ミシュガルド冒険譚
穢れに捧げ、癒し歌:2

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 「悪魔かぁ…」
 シンチーの言葉を思いだし、ケーゴは何の気なしに呟いた。
 前を歩くベルウッドが振り返った。
 「ま、そういう奴はどこにでもいるものよ」
 「そういうものかぁ」
 牧歌的な村でのほほんと育ったケーゴには想像もつかない世界だ。
 怖いなぁ。恐ろしいなぁ。
 何の気なしに隣を見る。
 いつも通りすまし顔で歩くアンネリエがいる。
 もし、彼女が狙われたら。
 嫌な想像にケーゴの心臓がどくんと跳ねる。
 何も起こらない。こんなのただの思い過ごしだ。そうでなくては困る。
 それでも、ケーゴの内で思いが燃える。
 もしアンネリエが狙われたら自分はどうすればいい。そんな自問が心の中で彼を追い詰めようとする。
 自分は弱い。
 まずケーゴはそう思った。
 それならどうすればいい。焦ったように再び自問する。
 シンチーの言葉が脳裏に響く。身の丈に合った行動しろと言う金言だ。
 しかし、ケーゴは頭を横に振った。
 違う。そうじゃないはずだ。
 初めて会ったあの日、獣人から彼女を庇ったように。洞窟で謎の機械兵と戦ったように。
 守りたい。例えそれがおねーさんすら敵わなかった相手であっても。それでも守りたい。
 己の内に湧き上がる想いの激しさに未だケーゴは気づかない。ただ、純粋に、そして無意識にそう願うだけだ。
 しかし、思いつめた彼の表情からアンネリエは何かを察し俯いてしまう。
 と、そこであることに気づいてケーゴはベルウッドに尋ねた。
 「…ところでお前、どこに向かってんの?」
 このまままっすぐ行くと、交易所の南門。そして、ミシュガルド大陸の玄関口たる、港にたどり着く。
 ベルウッドは後ろ歩きで答えた。
 「言ったでしょ!SHWが海水浴場を整備したって」
 「だからぁ、俺たちは水着を持ってないって―」
 「見るだけ見に行ってみましょうよ!」
 強引にケーゴの腕を引っ張る。
 彼は困ったようにアンネリエに方針を求める。
 アンネリエはそれを予想していたらしく、既にすらすらと何事か黒板に書いている。
 『見に行くぐらいならいいんじゃない?』
 「む」
 「ほぉーら!決まりね!」
 「…分かったよ」
 わざとらしくため息をついて従う。
 海かぁ。
 とある懸案事項を思いだし、内心憂鬱なケーゴであった。

 
 ミシュガルド港は常に3隻の船が常駐している。
 それぞれ甲皇国、アルフヘイム、スーパーハローワークというミシュガルド大陸探索の礎を作った三国の船だ。
 交易所で何か災害が起きたり、不測の事態に備えてそれぞれ船を停泊させているのだ。
 その目的のせいか、ケーゴ達のような入植者が乗って来た船よりも一回りは大きい。
 特に甲皇国の船は煙突が生えていたり、なぜか船に車輪みたいなものがついていたりと不思議なつくりだ。側面には大砲と思しき円柱が顔をのぞかせている。
 その他にも港には物資を乗せた船が日に何度もやってくる。この港なくして交易所の暮らしは成り立たないのだろう。
 その港の東部。ミシュガルド大陸の南東に件の海水浴場はつくられた。
 整備されたばかりということで、水着姿の人々が多い。浜辺には屋台が並び、休憩所もある。海水浴場にしろ休憩所にしろ入場料をきっちりとる点は商業国家らしいというかなんというか。
 きっちり3人分の料金を払わされ、ピクシーは道具だと言い張ってケーゴは浜辺に降り立った。
 「おぉ…」
 実は、ミシュガルド大陸に旅立つまでケーゴは海というものを見たことがなかった。
 初めて海を見た時はどうして青色が地の果てまで続いているのか不思議で仕方なかったし、よくもまぁ、こんなに大量の水が集まったものだと感心もした。
 その海が目にある。
 浜辺の白が海の青を際立たせる。どこまでも続く水平線はしかし、空の色とは一線を画している。
 水着を着た若者が歓声を上げている。中には砂浜に寝転がっている者もいる。なるほど、海では泳ぐだけではなくああして寝ていてもいいのか。
 落ち着きなく辺りを見回すケーゴを見てベルウッドは尋ねた。
 「…あんた、海に来たことないの?」
 「まぁ、こうやって遊びに来るのは初めてかも」
 ローパーのかば焼きなるものを発見してケーゴはそちらに夢中になっている。ところでローパーってなんだ。
 ベルウッドはしばし考える素振りをみせ、やがて胡乱気に顔を歪めた。
 「……で、泳げるの?」
 「………」
 ケーゴの動きが停止した。それ即ち肯定。
 「…だから乗り気じゃなかった訳?」
 「………」
 聞かなかったふりをしてケーゴはかば焼きを売っている屋台へと歩を進めた。
 「…だから乗り気じゃなかった訳ぇっ!?」
 今度はやや嘲笑を交えてベルウッドが叫んだ。
 ぴきりと青筋を立てながらもケーゴは押し黙り続ける。
 仕方がないじゃないか。こちとら緑の木々に囲まれた田舎村の出身で、川遊びくらいしかしたことないんだぞ。
 反論を己の内に押しとどめ、ケーゴはローパーのかば焼きを二人分買った。
 唇をこれでもかというくらい釣り上げているベルウッドを無視してアンネリエにかば焼きを渡す。これもプレゼントの内に入るのだろうか。
 変に意識をしてしまったケーゴは顔を少し赤らめながら、たれがしたたり落ちそうな串焼きにかぶりつく。
 弾力がある。噛むと肉汁があふれてきて、香ばしいたれと口の中で混ざり合っておいしい。
 で、結局ローパーって何だ。
 口を動かしながら辺りをもう一度見まわす。
 人間がいる。エルフがいる。獣人もいれば、竜人もいる。SHWが管理しているということもあって、どうやら種族の壁はないらしい。
 「みんながみんなこうだといいんだけどなぁ」
 何の気なしに呟いたその言葉にアンネリエの表情が歪んだ。
 何か変なことを言っただろうか。ケーゴは首をかしげて見せた。
 が、アンネリエはケーゴを無視して水平線を眺めたままだ。
 その目にどこか愁いが映っていることにケーゴは気づいた。
 何を言えばいいかわからず、彼もアンネリエにならって海を眺めることにした。その時だ。
 「そこな少年」
 声をかけられた。
 声の方を向くと、そこには獣人の女性が立っていた。
 「何でしょう」
 珍しい服をしているなぁ、とケーゴは彼女をしげしげと見つめた。
 どうやら上半身も下半身も一続きの布で覆い重ねているようだ。その衣服を胸の下で帯を用いてはだけないようにとめている。その上にさらに上着を着重ねている。
 袖が広く、ひらひらと風と遊んでいる。ここはアンネリエと同じようなつくりだ。
 雌黄色の髪の毛を背中まで伸ばし、頭部には獣の耳がぴょこんと立っている。
 ケーゴの視線を認めた女性はくすりと笑う。妖艶な微笑だ。泥酔しているヒュドールのそれとは違い、どこか鋭さを感じさせる。
 「ん?どうした少年。もしや妾の身体に興味があるのか?」
 細く長い指が服の重なりを少しずらした。露わになるのは彼女の肌。
 「のなっ!違う!違いますよ!」
 慌てたケーゴが腕をぶんぶん振っていると彼女の背後からもう一人、少年が走って来た。
 「アマリ様!何をしてるんですか!?」
 彼女の連れ人のようだ。しかし少年の服装は彼女のように珍しいものではない。ただし、ズボンに不思議な模様が書かれた縦長の紙片を張り付けているのが特徴的だ。
 若草色の髪の毛が所々ぴょこんと可愛く跳ねている。ケーゴよりも少し年下くらいだろうか、童顔の少年は肩で息をしながらアマリと呼んだ女性に食って掛かる。
 「また変なこと言ってたんじゃないでしょうね!」
 「ん?別に言ってはおらぬよ?ちょっとこの少年のが美味しそうだったものだから声をかけたのじゃ」
 「なっ!思い切りちょっかい出してるじゃないですか!!」
 少年は顔を赤らめて怒鳴る。
 「何を言ってるんじゃ。見てみよ。この少年の手に持っている串焼き、美味しそうではないか。イナオよ。お主は何を勘違いしておったんじゃ?」
 「~っ!!」
 さらりと躱されたイナオと呼ばれた少年は怒りを己の内で消化することに決めたようだ。顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。
 どこかその姿に親近感を覚えたケーゴはおずおずと口を開いた。
 「えーと…それで、俺に何の用でしょう?」 
 「おお、そうじゃったそうじゃった」
 手をパンと叩き、アマリはケーゴの持っているかば焼きを指さした。
 「妾もそれを食してみたい。どこで売っているのじゃ?」
 「あぁ、これならそこの青い屋台に」
 ケーゴが指をさして教える。
 「イナオ」
 アマリが一言そう言うとイナオはすぐさまその店に走った。
 アンネリエが感心したように顔を輝かせた。
 「ほぉう、ローパーのかば焼きだったのか」
 屋台の看板を読んでアマリは意外そうにそう声を漏らした。
 ケーゴはそのかば焼きを一口かじり、聞いてみた。
 「あの、ローパーって何なんですか?」
 「…知りたいか?」
 ゆっくりと目を細める。喜悦に歪むその表情にケーゴは後ずさった。
 「……そんなに恐ろしいものなんですか?」
 「ふふ、気になるなら連れて行ってやってもいいぞ。男用の種類もいるらしいからのう」
 連れて行く?男用?種類?どういうことだ。
 ローパーの正体に全く見当がつかず、ケーゴは目を白黒させた。
 と、そこでイナオが二本の串を持って帰って来た。
 彼からかば焼きを一本受け取りながら、アマリは尋ねた。
 「なんじゃイナオ。お主も食べたかったのか?」
 「いいじゃないですか。美味しそうですし」
 むっと答えるイナオにアマリは艶麗に笑った。
 「イナオよ。ローパーがどんなものか説明できるか?」
 「せっ、せつめっ!?」
 みるみるうちにイナオの顔が赤くなっていく。
 それを見て満足げに頷いたアマリはさらに畳みかけた。
 「ローパーには女性用が多いと聞くが、このローパーはさぞ多くの女性を――」
 「……これ、やる」
 アマリの言葉を遮ってイナオがケーゴにかば焼きを差し出した。
 「え?いいの?」
 展開についていけないケーゴは戸惑いながらも受け取る。
 ただ、ローパーなるものがあまりよろしくない存在であることは分かった。
 ケーゴはとりあえずベルウッドにでも渡そうかと彼女を探したが、見つからない。
 一体どこだろうかと辺りを見回すと勝手に浜辺で店を広げていた。
 看板曰く、海水浴の間に靴をピカピカに!ということだ。なんとまぁ、商魂逞しい。
 「…あいつ、結局あれが目的か」
 しかも、入場料も人に払わせておいてだ。
 剣呑な目つきになったケーゴの手からアンネリエがかば焼きを取り上げた。
 「え、あ」
 どうやら食べたいらしい。というかもうすでにかぶりついている。
 呆気にとられて見ていると、渡さないぞと言いたげにじろりと睨まれた。
 ま、いいか。ケーゴは苦笑した。
 先ほどのアンネリエの反応は気になるが、今の彼女はいつも通りだ。
 もしかしたら杞憂だったかもしれない。
 そんなことを考えている間にアマリは一通りイナオをからかい終えたらしく、今はかば焼きを味わっている。
 口に収め、優しく頷く。
 「うむ、なかなか乙な味じゃのう」
 やがてアマリのかば焼きもアンネリエのかば焼きも串だけになる。
 それを当然のごとくイナオとケーゴに押し付けて二人は涼しい顔。
 少年二人は互いに顔を見合わせてため息をついた。


       

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