Neetel Inside 文芸新都
表紙

拝啓クソババア
三話

見開き   最大化      

その日の午後からは雪が降ったり止んだり降ったり止んだり関西で言うところのアホみたいな天気でなんだか俺はムシャクシャしていた。昔から中途半端は嫌いな質で、気象で言うならば梅雨や夕立とかなんかも俺の毛嫌いするところである。梅雨は高気圧か低気圧か競り合ってないではっきりしてほしいし、夕立はどうせ降るなら一瞬のような短い時間じゃなくずっと降っていてほしい。たまにそういうものを情緒があっていいとか抜かす人たちがいるけど、俺は理解に苦しむし理解したくもない。あんな中途半端なものはなんだか気持ち悪くないだろうか。だから俺はそういう人たちも中途半端な人間だと思って疑わない。中途半端な光景にある種のシンパシーを感じるというのならきっとそれはどこかその人間にも中途半端な部分があって、心の深い部分、深層心理で共感しているのだろうと思うからだ。同時に不快を感じる自分は中途半端でない人間なのかともたまに考えるけど、それはよくわからない。この世に完全な人間なんていないのはわかる。中途半端でない=完全ってわけでもないだろうけど、中途半端でないというのはたぶん凄く立派なことなのだ。俺はそんな立派な人間なのか? そんな風に考えていると余計にムシャクシャするのでますます中途半端が嫌いになるんだ。
家にいると俺はムシャクシャするしお袋もそんな俺を見てムシャクシャする。大抵お袋はパートで休日のこの時間帯はいないのだけどどうやら今日は別みたいで俺が部屋から出て飲み物を取りにリビングに向かうとお袋がソファを占拠している。うざいから素知らぬ顔で冷蔵庫を漁るけど、冷蔵庫の中は調味料と缶ビールがあるだけで他には何もない。野菜室に入れておいた俺のゼリー(280円、高い!)もない。ゴミ箱を開けるとゼリーが抜かれたプラスチックの容器が丸まった紙の蓋を中にして、底の隅に転がっている。俺はそれを指でつまんでソファに横になっているお袋の元まで持っていく。
「おいババア、また俺のやつ勝手に食ったやろ」
「え、あんたのやったぁ?」
お袋はテレビの韓国ドラマから目を逸らさずに言う。日本じゃまったく見ない無名の役者同士がハグしあっていて、たぶんこのドラマの見せ場なんだろうけど俺はますますムカついて言う。
「俺のやって普通わかるやろが家2人しかいんし」
「なんなんあんたその口の利き方さっきから」
「話そらすなや食ったんやろが」
「それがなんやって言うんよ」お袋の声に苛立ちが帯びるのがわかる。「結局私の金で買ったんやないか」
「お前の金にしろ買ったんは俺じゃ、お前に食う権利ねーわ」
「この家にいる限り家にあるのは全部私のもんや、あんたやって毎日食わしてやってんのは私やろが」
「うっせえわ、それでも守るべきモラルっちゅうもんがあるやろが、謝れや」
「なんなん中学上がって難しい言葉使って、親に感謝もせんくせに」
「謝れ!」お袋が俺にジロリと目をやるから条件反射的に俺は萎縮してしまうけど怒鳴ることは絶対にやめない。「謝れボケ、クソババア!」
お袋は何も言わずにソファから立ち上がり近くの窓を閉める。また始まった。お袋はこのアパートにある窓を全部閉めて密閉状態にして自分の部屋からいつもの竹刀を持ってくる。今すぐに謝りたい衝動に駆られるけれど俺は決してそうしないし謝る理由もない。俺は悪くない正しい。
「いっつもそうやって近所の目気にするくらいならやらんかったらええんじゃ」
そこで勢いをつけた竹刀が俺の腹に垂直に飛んでくる。腹の中の空気が一気に抜かれて痛みが身体中に悲鳴を上げ俺は床にうずくまって倒れ込む。立ち上がろうとするも、それでもバチンバチンと繰り返して俺の背中にお袋は竹刀を振るい俺は床から離れられない。痛い。痛い。痛い。背中のどこかに竹刀が当たる度にガラスがひび割れたような痛みは音よりも早く痛覚という痛覚に飛んで回る。お袋が俺の上着を無理矢理に脱がしてまた裸の背中に竹刀を振るう。さっきよりも重たい痛みが足の指先まで鋭敏に届く。
「いっつもいっつも反抗ばっかりしよって!」
息を切らしながらお袋が怒鳴る。竹刀の雨を絶やすことなくお袋は怒鳴り続ける。
「全部あんたが悪いんや!お父さんが出て行ったんも全部あんたのせいや!あんたさえ生まれんかったら、生まんかったら......」
「謝れクソババア」俺は心の中か口の外かもう判別がつかない。でも変わらず暴力は飛んでくるのでもうどっちでもいいんじゃないだろうかとも思う。倒れ込む俺の上でアホの一つ覚えみたいにお袋は怒鳴って殴ってしているけど、もしかしたらその時泣きもしていたように思う。なんで泣く? 俺はなにもしていない。何もかもお袋が悪いのだ。なのになんで俺を痛めつけながら泣くのだ?

       

表紙
Tweet

Neetsha