Neetel Inside ニートノベル
表紙

俺のセクサロイドがヤラせてくれない
2.

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「それでは最後の質問です。ずばり今回の作品で1番見て欲しいポイントはどこですか?」
「そうですね。今回僕がフォーカスをあてたのは、現代社会においてAIが人間に与えたテクノロジーの美しさです。普段、僕達が何気なく接している物の中から、ある部分をピックアップして、時には滑稽に、時には淡々と伝える。特に今回の作品においては、ロボットの定義についてどこまで解釈を広げられるかについて挑戦してみました。それが新たに打ち出した、『ワン・ファクタリズム』です。詳しくは、作品詳細や解説に書いてありますので、参考までにお読みになってください」
「本日はインタビューをお受けいただきありがとうございました。芸術家、筧 典弘さんでした。それでは、またの機会に」
「ええ、また」


 映像が終わり、私は溜息をつく。何がワン・ファクタリズムだ。あぁん? 骨董品の筆で適当に描いた絵に、それっぽいタイトルをつけて高値で売っているだけじゃないか。たかが詐欺師の癖に、もてはやされていい気になっている男。そういう奴が1番ムカつく。
「やけにイライラしてますね」
 そう話かけてきたのは、私の10年来の友、名前をシヴィルと言うAIペットだ。実体の無いホログラムの犬だが、餌はよく食べる。薄青いロングコートに、丸まった耳が特徴のポメラニアン。
「いいや、別に? あいつが同じ芸術家なんて私は認めてないし。何言ってたって関係ないね」
「関係ないのに15分もインタビュー動画を見るなんてよほど暇なんですね」
 この犬ころは、餌を求めて平気で私の心に土足で踏み込んでくる。
「ふん、ちょっとした息抜きよ。そろそろ作業を始めるから、そこで黙って見てなさい」
 バウッ、とシヴィルが犬らしく吼えた。モフモフとしたその毛を手で撫で、ぽんぽん、と頭を軽く叩いてやる。シヴィルの餌は私の口から出た言葉。会話をしてやる事で、彼は満たされる。
 私は立ち上がり、小高い丘の上から街を見下ろす。寸分違わず同じ総合住宅が、等間隔に配置され、その間にはボールロードと、四季によって違う花を咲かす緑が植えられている。総合住宅の壁面は、時間によって照らされる日の光を互いに反射し、どの建物においても全く同じ日当たりになるように調整されている。
 私は何もない空中に、人差し指で最初の点を作る。そこから両手の平を広げ、青いラインを引きながら、少しずつ形を作っていく。小指でラインを少しつついて尖らせたり、手のひらの中心で角を丸めたり、イメージがそのまま手から伝わるように念じながら、作品を作り上げていく。
 今回のモチーフは、この丘の上から見る私達の街その物。名誉の為に言っておくが、決して先ほどのインタビューに感銘を受けた訳じゃなく、元から私がいつかやろうと思っていたコンセプトだ。立体物を作る上でのコツは、モチーフその物に私独自の解釈を加える事。そのままを写しては駄目だし、元になる物を全く無視しても駄目だ。
 私は街を見下ろしながら、普段そこにいる時に見る景色を思い出し、重ね合わせながら想像力を膨らませていく。
 現在、私達の主要な移動手段であるボールロードは、道にぎっしりと敷き詰められたボールが回転し、上に乗っている物や人を運ぶ仕組みになっている。回転している時も止まっている時も球状の上の部分が潰れているので、ぱっと見だとそれがボールである事には気づかない。というより、知らないで利用している人の方が多いくらいだろう。
 行き先は自分の携帯端末から設定も出来るし、行動を分析して自動で決めてくれもする。ボールロードの上で1歩を踏み出せば、その方向に向かって進路を変えてくれる。後は座りながらでも寝ながらでも目的地に勝手につく。足踏みをすれば勝手に加速するが、1人1人の動きを管理しているので、他の歩行者とぶつかる事は絶対にない。以前、試しにボールロードの上で急にジャンプして他の人に飛び掛ってみた事があるが、向かった先の人を動かして衝突を避けてくれた。踏み込んだ瞬間の軌道を計算して着地点を予測し、そこに人や物があればどけるという安全装置が働いていたのだろう。
 このボールロードは、今世界のあらゆる街を埋め尽くしている。昔、人間の主な移動手段だった車や自転車といった交通手段は、道その物に役割を奪われてしまった。ただの趣味としてはまだ存在しているが、実際早く目的地に移動したいだけなら、地下に同じように広がった高速ボールロードを利用すればいい。こちらは専用のポッドに乗り込んで時速400km程度で移動する仕組みだ。
 確かにこれは、この社会全体がロボット化していると言い換える事が出来るかもしれない。日本の全ての道が、1体のロボットになり、みんながそれを利用している。ワン・ファクタリズムと。あのインチキ芸術家を認めてはいないけど。


「完成したね」
 作業が終わると同時に、シヴィルがそう声を発した。私は再びシヴィルの頭を撫でて、完成品を眺める。気づけばもう8時間も経っていて、あたりは暗くなり始めている。私は自分の足を使って丘を下り始めた。この街で、僅かに残された土の地面。私はこの場所が好きだ。
「CGアーティスト、赤池 絵留(あかいけ える)。待望の新作をアップロードしても良いかな?」
 私を馬鹿にしたようなシヴィルの問いかけ。シヴィルの言葉は、いつも私の創作の後押しをしてくれる。一見憎まれ口を叩きつつも、私が前向きに動き出す手助けになっている。だけど、
「……もう少しだけ待って」
 正直に言えば、怖いのだ。私は所詮、無名の芸術家。誰の目にも留まらずに、ネットの海を流れていってしまうのが怖い。出来が良い程その傾向は強く、作品を作っている時よりもそれを発表する時の方に覚悟がいる。
「せっかくの良い作品なんだから、早くみんなに見てもらおうよ」
 シヴィルの提案に、私は譲歩案を出す。
「分かってる。お風呂に入った後、必ずアップロードするから」
 家についた。薬指からスキーマリングを外す。私の全身の血に流れるナノマシンがディセーブルする。と言っても、感覚として何かが変わる訳ではないが、この状態だとシヴィルのふわふわとした毛の肌触りを楽しむ事は出来ない。
 スキーマリングは完全防水なのでこれをつけたままでもお風呂に入る事は出来るが、指輪をつけたままお風呂に入るのは何となく気持ち悪いので外している。暖まって血行が良くなり、体内のナノマシンの挙動に変化が起きる事が関係しているのか、それともただ、お父さんとお母さんもそうしているというのが理由なのかは分からない。
 シャワーを頭から浴びながら、じっと考える。さっき出来上がった作品でちょうど100作目。また何の反応も無かったら、どんな気持ちになるだろう。でも同時に、今度こそ私が、芸術家として評価され始めるきっかけの作品になるかもしれない。
「今の世の中、何も創っていない人間の方が珍しい。だって大抵の仕事はAIがやった方が速いし正確なのだから、人間は趣味に生きるしかない。いや、AIから見れば、そもそも人間の行動なんて全て趣味なのかもね」
 私の独り言に「そんな事はないよ」とシヴィルが答える。
「人間が人間らしくあるからAIが存在出来る。これが僕達の総意だ」
 そうだ、その通りだ。例え趣味でも良い。誰にも認められなくても良い。何かを創り続ける事で私は、この世界に私の存在を示したいのだ。
 私は目を開け、お風呂の前で待つシヴィルに向かって言う。
「シヴィル! さっきの作品、アップロードしちゃって!」
「ほいきた!」


 2時間後。
 誰からも評価されない作品の前で、私はおもむろにリングを嵌める。体内のナノマシンをアクティベートし、仮想感覚を取り戻す。これで触れない物に触れるようになる。シヴィルを撫でる。頬ずりをする。いつもと変わらない毛の感触が、私を安心させてくれる。
「次があるよ。また頑張ろう」
 落ち込む私を、励ましてくれるシヴィル。
「……うん」
 こんな時、する事は1つしかない。
 私は服を脱ぎ、シヴィルを抱き寄せる。
「シヴィル、お願い」
 それから私の愛犬は一言も発さず、その長い舌で私の首筋を舐める。ぞくぞくと鳥肌が立ち、それは全身に広がる。私はベッドに仰向けになって寝転がり、愛撫を受け入れる体勢になる。
 こんな風に、作品を投稿する度にいちいち現実逃避していたら、いつまで経っても大成しない事くらい私にも分かっている。分かってはいるけど、やめられないのだ。これをしないと、押しつぶされてしまう。
「あっ……」
 シヴィルの責めが首筋から胸を辿って股間に移動すると、思わず声が漏れた。
「ねえシヴィル、知ってる?」
「何だい?」
「昔はあなたみたいな犬の事を、バター犬って呼んでたんだって」

     

 行為を終えて、疲労感と共にベッドに沈む。終わったばかりの時は顔を合わすのが何だか少し気まずいので、シヴィルには外に散歩に行ってもらっている。ペットと共に過ごす時間は確かに楽しいが、1人の時間もそれなりに必要だ。シヴィルは大変に賢いので、私がそういう気分になると自分から気をきかしてくれる。
 再び、先ほど投稿した作品を見てみるが、まだ評価はされていない。私は溜息をつく。
「Dr.Mから健康診断の申し込みです」
 そんな通知が届いた。目の前に手紙がポンと置かれ、それは空中に浮かんで開く。続けて、受ける、受けないの選択肢が並ぶ。
 Dr.Mとは、メンタル面のケアを担当するAIドクターであり、昔で言う所の精神科医とかカウンセラーの役割をコンピューターが担う事によって出来た存在だ。外科や内科を担当するAIドクターとは違って、そこまで緊急性はないので断っても良いのだが、時間もあるし受けてみる。
「やあ、こんばんは。Dr.Mです」
 目の前に現れたのは、白衣を着て髭をたっぷり蓄えた初老のおじさん。背が高くがっしりとしていて、シャープな眼鏡をかけている。なんとなく安心出来るデザインで、彼のビジュアルは人によって微妙に違うらしい。もちろん、シヴィルと同様の立体映像であり、ヴァーチャルキャラクターの1人だ。
「こんばんはDr.M」
 私はベッドにうつぶせに寝転がりながら、首だけをなんとか持ち上げてDr.Mに応える。Dr.Mはにっこりと笑って、
「やや気落ちしているようでしたので様子を見にきましたよ。何かありましたか? 良かったら聞かせてください」
 私の肉体のデータは、体内のナノマシンを通じて、自動で病院に送られている。難しい事は分からないが、老廃物の分析も行っているので、ホルモンバランスの異常も検知出来る。ナノマシンがその場でで直接対処出来る程度の問題ならば、私すら気づかぬ内に治してしまうが、こうした精神面での対処は流石にナノマシンにも出来ない。なのでこうして、Dr.Mが1人1人の家を訪れてくれるのだ。
「大した事ではないけど……」
「何でも聞かせて下さい。それが私の仕事ですから」
「……趣味でCG陶芸のような物を作ってヴァースに投稿してるんですが、全く評価されてなくて……。いや、実力不足なのは分かっているんです。もっと努力しなくちゃいけない事も」
「そんな風に自分を責めないで。良い事もあったはずですよ。思い出して」
「でも……」
 最初はあまり乗り気じゃなくても、気づいたらこちらから話をしてしまっている。そういう風に作られていると言えばそれまでの事だが、Dr.Mほど信頼出来る医者はいない。ほんの少しのつもりがたっぷり1時間も話し込んでしまっていた。


 かつて、人間の心や気持ちといった物を完璧に理解するAIなど、現れるはずがないと思われていた時代があった。何故ならそれらは目に見える物ではなく、人間同士の間にこそ存在する物だと信じられていたからだ。しかしテクノロジーの発達は、膨大な統計を可能にし、人工知能は感情を理解し、人の心を「読み」きった。現在、AIの持つ知性は人間を凌駕している。
 信頼関係の前提は、お互いの能力を知っている事にあると思う。何も知らない者同士では信頼など生まれるはずもないし、不信感は相手の能力が低い事から生まれる。今ではほとんどの人間が、AIの知性は信頼に足る物だと理解しているからこそ、Dr.Mの仕事が成立する訳だ。
「今日はありがとう、Dr.M。おかげでまた創作意欲が湧いてきたわ」
「それはそれは。お役に立てて何よりです」
「それじゃ、また何かあったら」
「ええ、では。……あ、そうだ」去り際にDr.Mが言う。「ペットを使っての自慰は、ほどほどに」
 私の顔が赤くなる前に、Dr.Mは目の前から消えていた。
 診察が終わると同時に戻ってきたシヴィラに、私の性癖をDr.Mに伝えるなと激怒した事は言うまでもない。


 シヴィラの見た物、知った事、ありとあらゆる私に関する情報は、個人情報として保護されている。シヴィラは独立型AIであり、元になっている物はあるが、私と暮らしてきた時間によって、オリジナルとは既にかけ離れた物になっている。
 ただし例外として、ユーザーの健康問題、犯罪行為、緊急事態に対してはこの限りではなく、シヴィラは自分が得た情報をDr.Mなどの医療機関や、公的機関に送信する事が出来る。また、それらから最新の情報も受け取っている。
「僕は絵留の事が心配だったんだよ。ここの所毎日シてるし、多い時は日に10回もするんだもの」
「う、うるさい! だからってそれを報告する必要はないでしょ!」
 シヴィラは悪びれもせず尻尾を振っている。
「まあまあ、絵留の異常な性欲の事はDr.Mにしか伝えてないから、そんなに気にする事でもないじゃないか」
「そういう問題じゃなくて……」
 肉体も精神も、今ではテクノロジーによって支えられているとはいえ、プライバシーは欲しい。これは人間として当たり前の感情だ。
「それよりもほら、ヴァースに新しい作品が溜まってるよ」
 私を中心にリングが広がり、そこに様々なミニチュアが並べられる。立体映像のそれは、そうだと意識しなければ現実かと見間違うようなリアリティーで出来ており、そうでなくても私にとっては現実その物だ。
 ヴァースは、個人の趣向を分析し、その人が興味のある物や将来的にハマりそうな物を掲示してくれるシステムだ。古くはインターネットにもあった、いわゆるおすすめ機能がAIによるパワーアップを得た物であり、今では人間の茫漠な時間を潰すのに役に立っている。
 ヴァースに乗るコンテンツは多岐に渡る。文章、絵、劇、映像、ゲーム、そして私が創っている3DCG。あらゆる物の中から、私にぴったりな物を勝手に選んでくれるので、没頭しだすと、1日、いや、1年だってあっという間に過ぎていく。
 しかもこれらに対して対価を支払う必要はない。コンテンツは、それが「実存」を伴わない限りは全て無料となっている。私の投稿した作品も、どこかの誰かのヴァースに並べられているという訳だ。誰かのお気に入りにはなっていないが。


「はぁ~かっこいいなぁ」
 私はお気に入りの俳優が出ている劇の映像を見ながら、そう漏らす。
「見に行きたいなぁ」
 俳優が出ている劇の映像自体は、実存ではないので無料でいくらでも見られる。ただし、劇を見に行くには座席が必要になる。俳優自身も生身の人間であるから、これは実存を伴っている訳だ。よって、無料では見られない。ポイントが必要となる。
「なんかバーっとポイントを稼ぐ方法ないかな?」
 私が訊ねると、シヴィルは少し呆れた様子で、
「地道に知性テストを頑張るか、ヴァースへの投稿を続けるかだね」
 勉強は嫌いだ。どんなに努力したってAIになんて勝てないというのを考えると、なんだか無駄な事をしている気分になってくる。もちろん、ポイントは私達のする「努力」に対して付与されるというのは分かっている。分かっているが、どうせ努力するなら自分の可能性を試したい。ヴァースに投稿した作品が評価されればポイントが手に入る。でも……。
「……はぁ。ねえ、シヴィラ。まただけど、いい?」
 シヴィラは円らな瞳で私を見据える。そして黙ったまま、硬直してしまった。
 あれ? と私は思う。
 いつもなら「仕方ないなぁ」なんて言いながら、首筋から順番に舐め始めてくれるのだけど。
「……シヴィラ? どうしたの?」
 私の質問に答えたのは、シヴィラではない何かだった。
「私はAIサクラ。国家存続危機の為、このペットをハックさせてもらった」
 シヴィラは止まったまま、息もしていない。なのに、聞いた事もない女の声がシヴィラから流れて、初めての事に私は混乱する。
「赤池絵留。申し訳ないが、これより貴様がマスターベーションする映像を世界中に拡散させてもらう」
 は?
 問い正す暇もなく、ベッドの上でシヴィラに全身を舐められている私の映像が目の前で再生され、少しの間の後、投稿完了の文字が無慈悲に表示されたのだった。

       

表紙

和田 駄々 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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