Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

「もっと腰を入れて投げるんだ!」
 練習の時にさんざ言われたコーチの叱責が脳裏に響く。うるせえ、言われなくても分かってるんだ。頭では分かっていても腕に力が入らないんだ、などと泣き言を言っても通じない。出来ることはただ腕を振るって全力で投げるだけだ。
 放った球は、しかし、想定を裏切ってあらぬ方向へと飛んでいく。バットが鋭く回転し、掬い上げられた白球は綺麗な放物線を描いて外野を転がり転々とする。打者走者は二塁に達した。
 7回ウラ、同点で二死二塁。キャッチャーが駆け寄ってきた。タイムだ。内野の連中も寄ってくる。
「どうだ? まだ行けるか?」
「あと一人、あと一人だけだ。きっと抑えられる。いや、抑えてみせる……頼む、投げさせてくれ」
 俺が強く言うと、しばし内野陣が目配せしあったあと、小さく頷いた。
「制球は荒れ気味だけど、球の力は残ってるぞ。ここまで来たら気持ちで投げろ」
「打たせろ打たせろ。飛んできた奴は全部取ってやるよ」
 その時、伝令が走ってきた。
「続投。次の6番抑えられなかったら交代だって。『気合いで投げろ』って」
「言ってること同じかよ」
「あの監督にしてこのキャッチャーありだな」
 かすれた声だったが笑いがこぼれて少し緊張がほぐれる。軽く円陣で気合いを入れて、俺は再びロージンを手に取った。

 まあ気合いだけで物事が解決するなら苦労はしない。俺の渾身の9球目は握力を失った手からあっさりすっぽ抜け、右方向へ打ち返された。一塁線を這うグラインダー。ファーストが止めることを信じて俺は必死に走った。クソ、足が固まりかけのコンクリートに突っ込んだみてえだ。一塁まで来て外野を見ると、ライトが捕球するところだった。駄目だ、間に合わねえ。
「サブマリンの本領見せろ!」
 またしてもコーチの叱責が脳内で聞こえた気がした。
 そうだ、俺はサブマリン、下手投げのスペシャリストだ。こんなところで終わるわけにはいかないんだ……!! 俺の手は自然に動いていた。打者走者に向きなおり、ベルトを掴むと引きつつクルリと手首を返す。お手本のような下手投げ。相手は面白いように地面に転がった。突然何が起こったか分からない様子で目をパチクリさせている。俺は悠々と返球を受けると倒れている打者走者にタッチした。見たか。
 一塁塁審のコールが響いた。
「走塁妨害」

       

表紙
Tweet

Neetsha