Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 皇歴597年に、査察官が中央からの依頼で辺鄙な地方の一工場を訪れたのには、当該工場における生産力が非常に低かったのが大きな原因であった。その工場は他工場のおよそ1/3程度しか生産量がないと報告されていたにも関わらず、要求される奴隸の補充量は他工場と遜色ないか、或いはそれ以上に匹敵していた。つまり、非常に効率が悪かったのである。
 中央から充当される奴隸は、当時は経費に含まれなかった。だからこそこうした『放漫経営』が許されていたわけだが、奴隸を湯水のように使われれば、当然その他の部分に皺寄せが行くことになり、中央として困ったことになる。そこで査察官によって、この奴隸の無駄遣いの原因を調べることにした。言わば今で言うところの『経営コンサルタント』的な役割を査察官に期待したわけである。
 さて、その査察官、工場見学の時の様子をこう手記に書き記している。

"
 現場監督の罵声と共に床を鞭がピシリと叩く音が工場に響く。中を見渡せば沢山の人がいるにも関わらず、工場長に答える声はない。ただ彼らの回す木製の巨大な柱が軋む音、それに、わずかな呻き声や啜り泣く音がするばかりである。
 私は、彼らは何をやっているのか、と工場長に尋ねた。工場長は答えて言った。
「これは地下水を汲み上げるためのポンプです。この辺は風が吹かず、近隣に川もないので人力に頼るしかないのです」
 工場長のこの返答は驚くべきものであった。地下水ポンプなどというものは、他の工場では蒸気機関なり電動モーターなりによって機械化されている仕事であり、人力で行うようなものではない。他工場では奴隸は、より高度で人間的知性を伴う仕事に従事している。これでは生産性が落ち、奴隸を無駄遣いするのも無理はない。
"

 査察官の指摘は至極もっともなものであったが、工場長を始めこの工場の幹部たちはそうは考えなかったようだ。査察官の機械化に関する提言は、最終的に予算不足を理由にほとんどが却下されている。唯一承認されたのは足踏み式の旧型ポンプの購入であった。つまり人力である。
 この工場はこれより1年後に取り潰しになるが、ここから1年持ったこと自体が驚きである。査察官の工場幹部に対する所感を引用しておこう。

"
このような「足で漕げば問題ない」と言わんばかりの「自転車操業」で時代の波を誤魔化せるとするならば、彼らは実に、人心掌握術において優秀であるに違いない。
"

       

表紙
Tweet

Neetsha