Neetel Inside ニートノベル
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 デートと言われて連れてこられた場所には人気がなく、かと言って動物の気配らしきものもなく、ただただ巨大な人工物が放つ異様な気配としか形容出来ないものが滞留していた。
「大丈夫なはずだが、一応これを被っとけ。あと靴はこれに替えろ」
 渡されたのはヘルメットと安全靴。
「何してんだ。早く入れ」
 言われるがままに入園ゲートをくぐる。『ファンファンランド』と剥げたペンキで描かれたコンクリート製のゲートは今にも崩れ落ちそうで、ついていたであろう鉄製の門扉は外れて中に倒れ込んでいる。
「足元に気をつけろよ」
 夫は時々後ろを振り返りつつ、私の手をしっかりと握り、時々バランスを崩しそうになる身体を支えてくれる。
 少し開けたところに出た。夫が足を止めたのでつられてその場で周りを見渡す。贔屓目に表現して、酷いものだった。
 メリーゴーランドの屋根は完全に朽ち落ち、馬はほとんどが剥げで地金が錆びてボロボロになっている。バイキングの船は外形こそ留めているが、中身の椅子はプラスチック部分が割れ、マトモに座ることが出来なくなっていた。
 ジェットコースターも錆でレールと結合しており、ベルトの部分は地面の下に落ちて腐葉土のようになっていた。ビニール部分すら風化によって跡形もない。
 ジェットコースターと並んで一際異様を放つのは観覧車で、ボロボロに錆びた骨格からはいくつか個室が落ちており、下にはガラスが散乱して近付くことすら出来なかった。
「大丈夫か? 怪我とかしたのか」
 夫に声をかけられて、そこで初めて自分が泣いていることに気付いた。
「ううん、大丈夫。ちょっと思い出しただけだから……ありがとう」

 私たちの初デートの場所になるはずだった遊園地。デートの日の数週間前に取り壊しが決まり、ここには住宅団地が造成された。しかし、直後のバブル崩壊により、団地は売却、廃墟となった。
 あれから30年以上。夫は友人とツテを辿って、廃墟をあるべき姿に戻し、私をここに連れてきてくれたのだ。

「いや、大丈夫ならいいんだ。心配ぐらいはさせてくれ」
「そのことだけじゃないけど……でも、やっぱりありがとう。本当に……」
 泣くことじゃない、泣いてはいけない、そう思いつつも、涙は止まらなかった。夫が優しく肩に手を置きながら言った。
「俺は、遅れても約束は守る主義だからな」

       

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