Neetel Inside ニートノベル
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 男が家に帰ってくると、ボロきれを纏った老婆が扉の前で待っていた。
「ああ、良かった! お帰りが遅くなったらどうしようかと思っていました」
「なんだ? あんた誰だ」
「あの、私は神です」
 突然の名乗りに、男は動揺した。老婆は続けた。
「先日、捨てられそうになっていた私を助けてくださいました。その御礼がしたくて参ったのです」
 男は困惑した。どうやら、ちょっと頭のおかしい人に目をつけられてしまったらしい。変なことになる前になんとかして適当に追い返さなければ。そう思っていると、老婆は突然口をガパと開いた。
「すぐに出しますからね」
 そう言うと、老婆は口から唾液をだらだらと零し始めた。金の糸がつうーっと跡を引いてキラキラと光る。
「おい! ちょっと待て!」
 男は慌てて止めた。ボケ老人に関わりたくはないが、部屋の前をよだれでドロドロにされては堪らない。老婆は不服そうに口をつぐんだ。
「あんた、何してるんだ。どうして俺の部屋でよだれを垂らそうとする」
「何って、先ほども申しました通り、私は神です。あの時助けていただいた御礼がしたくて、こうしてよだれを垂らしております」
「それは聞いた。どうして御礼がしたいとよだれを垂らすことになるんだ」
「ご迷惑でしたか?」
 自称神は声を震わせた。
「けれど、私にはこれぐらいしかお渡し出来るものがないんです」
「あー分かった分かった。婆さん、おうち分かる? 家族の人は?」
 男は半ば強引に老婆の話を打ち切ると、手を取って歩き始めた。見知らぬ他人の妄言に付き合うのは面倒だが、これ以上家の前にいられる方が厄介事が増えそうだ。最悪交番にでも連れていって徘徊老人だとでも言えばいいだろう。
「ちょ、ちょっと、どこへ連れていくんですか。せめてツバをもうひと垂らし……」
「はいはい、静かにしてねおばあちゃん」
 老婆の抵抗を抑えながら、ふと汚れた地面を振り返る。垂れたよだれは金色に光り、地面がまるで金属メッキされたようになっている。つややかな表面はしっかりと固まっているかのように平らで、叩くとコツコツと音がしそうだ。光を反射して鋭い光沢を放っていた。
「金のつば……?」
 男は自分の口から溢れた言葉に少し驚いた。やれやれ、いくらなんでも人の唾液から金属が分泌されるなんて、そんなことあるわけがない。俺も少しボケたかな。
 老婆の抵抗を抑えながら、男は来た道を戻っていった。

       

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