Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 議員は事務所奥でテレビを見ながら気を揉んでいる。
「ええい、当確はまだか!」
「落ち着いてください先生」
「これが落ち着いてられるか! 一世一代の大勝負だぞ!」
 秘書の声に髪を振り乱して叫ぶ様子は、とても先日まで胸を張って駅前で演説していた人と同一人物とは思えない。このままだとノイローゼで死にそうな顔をしている。少し元気付けてあげた方がよさそうだと秘書は思った。
「じゃあ気分転換に、ちょっと練習してみましょうか」
「練習? なんの練習だ」
「当選した時の万歳の練習ですよ。そんなんじゃいざやる時に声がかすれて情けない感じになっちゃいますよ」
 秘書がそう言うと、議員は目をむいた。
「そんなことして落ちたらどうするんだ!」
「だからあくまで練習ですって。リラクゼーションだと思って気楽にやりましょう。それに、もしかしたら練習することで当選を呼び込めるかもしれないですし」
「呼び込む? どうしてそういうことになるんだ?」
「だってほら、言霊信仰ってあるじゃないですか。神様がこちらの万歳の祈りに気付いて配慮してくれるかもしれません」
「そ、そうか? 本当に起こるか?」
 秘書があまりに熱を込めて説得するうちに、議員も段々そんなことが起こるような気がしてきた。
「きっと起こりますよ。ほら、やって見ましょう。はい万歳三唱!」
「バンザーイ……バンザーイ……バンザーイ」
 秘書の掛け声に、議員がおっかなびっくり復唱する。
「声が小さい! やっぱりかすれてますね。もう一回行ってみましょう。はい万歳三唱!」
「うう、ば、万歳! 万歳! バンザーイ!」
「そうです! その意気です!」
 議員と秘書が盛り上がっていると、点けっぱなしのテレビからアナウンサーの興奮した声が飛び込んできた。
「○○候補、当選確実です! ××候補、事前の調査では優勢と見られていましたが及びませんでした」
 議員は万歳のポーズのまま崩れ落ちた。秘書はそれを見下ろしながらすげなく言った。
「ま、こういうこともあります」

       

表紙
Tweet

Neetsha