Neetel Inside ニートノベル
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 旅行にも得意、不得意というのがある。それは例えば計画の立て方とか、現地での上手い値切り方とか、いわゆる「スキル」に属するものと、体調を整えられるかとか、物を失くしたりしないとか、不可抗力の部分に類するものとで分かれているが、俺は圧倒的に後者が弱い。
 今回の場合は天候だった。旅行では基本的に晴天であることが好ましい。見知らぬ土地の雨模様というのも乙なものではあるが、それも晴れの日との比較が出来てこそ。雨の日が多いと移動も大変になるし行ける場所も限られるしマイナスだ。特に今回のように不意打ちで土砂降られると、予定も狂うわ用意もしてないわで、雨を避けるだけで精一杯になってしまう。
 だからこの喫茶店に駆け込んだのも、ただの偶然だった。
「いらっしゃいませ」
 雨の観光地というだけあって客はそれなりに入っているようだが、店内には店員の姿はなく、カウンターの中にも声の主の姿は見えない。
 キョロキョロと店内を物色しているとカウンター奥の小さな張り紙が目に入った。
『長年ご愛顧いただいておりましたが、明日を持って閉店させていただくことになりました。突然の発表となり申し訳ありません』
 張り紙を読んでいると突然目の前に人の頭が現れたので少し驚いた。声からして先ほど挨拶してくれた店員さんだ。奥から走って戻ってきたらしく、小さな肩をいからせて軽く息をついていた。
「お待たせして申し訳ありません! ご注文は、お決まりですか?」
「あ、えっと」
 少し迷ったが、聞いてしまうことにした。旅の恥は掻き捨てだ。
「あの、明日で閉店なんですか?」
 店員さんは、一瞬トゲを無理やり飲み込まされたような顔をして、それから寂しげに微笑んだ。
「そうなんです。元々お父さんが趣味で持ったお店でしたけど、もう客商売も限界で。お客さんもあまり来ないから、他の人には早めに辞めてもらったんです。そしたらこんなに……」
 そこまで一気に言うと、ハッとした顔で口をつぐんだ。
「ごめんなさい、変なこと口走って。ご注文はお決まりですか?」
 その店で一番安いブレンドコーヒーは、ほんの少しだけしょっぱい味がした。
「ありがとうございました、またお越しくださいませ」
 なんてことのない、決まりきった挨拶。けれど、それを聞いた俺は思わず切なくなってしまった。明日閉店する店の『また』は、一体いつどこで訪れるのだろう。

       

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