Neetel Inside ニートノベル
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「なんだよお前〜」
「痛い痛い、髪の毛引っ張んな!」
 じゃれてきた相手を引き剥すと、他の奴らが冷やかすように言った。
「おいおいやめろよ、髪の毛は不味いぞ」
「そうだな、コイツは髪の毛にストレス与えるの禁忌だからな」
「馬鹿、やめろ!」
 俺が吠えると奴らは笑った。ねっとりと喉奥に絡み付くような湿った笑い声だった。
「マジで髪の話するな! 結構本気で気にしてんだからな!」
「そうだよな〜今でさえおでこ広いもんな〜」
「本気で気にしてるの? 何か対策した?」
「正直、スカルプD買った」
 ドッと笑い。えげつないイジリだが、哀しいことにもう慣れた。時々こうして笑いのネタにさえなっていればクラスの中の位置を確保していられるなら安いものだ。トレードオフ。
「でも実際さ、この中で将来誰がハゲるかなんて分かんねーよな」
 一人がふと真面目な口調で言った。
「そういえば親父も若い頃はフサフサだったって言ってたわ」
「確か母方のじーちゃんの髪が遺伝するんだっけ?」
「え、マジ? やべえ、俺のじーちゃんハゲてるわ」
「俺のじーちゃんは死んでるな……お前どう?」
 俺の母方のじーちゃんは実際のところフサフサのロマンスグレーであるが、俺は自分の本分をよく弁えている。
「もうツルツル。蛍光灯の形映るもん」
 ゲラゲラ笑いが周囲に満ちる。中には笑いながら涙を拭ってる奴までいる。泣くほど面白かったのか。本来なら泣きたいのはこっちだろと思うと、変な気分になった。
「そうかそうか、やっぱり遺伝子的にもエリートだったか」
「クソ、予想してたのに……あ〜、腹痛え」
 丁度オチが付くのを待っていたかのように自転車のベルが鳴った。
「ホラ、お前ら邪魔邪魔」
「すいませーん」
 腐っても進学校、真面目になって道を譲る。通り過ぎていく自転車の上を見て、素で声を掛けてすぐに後悔した。
「あ、じいちゃん」
 皆がじいちゃんを見た。じいちゃんもこっちを見た。フサフサの髪の下にある目と、3対の高校生の目がじっと向き合っている。
「あっ」
 瞬間、風がどうと吹き付けた。舞い上がるじいちゃんの髪。いや髪ではない。あれは……綿毛!?
 信じられなかった。まるでタンポポに息を吹きかけたかのようにブワッと舞い上がる髪の毛……いや綿毛。後に残ったのは綺麗なつるつるの……。じいちゃんは優しく笑っていた。
 あのねじいちゃん。俺は嘘吐きになることよりも、ハゲになる方がイヤなんだけど。

       

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