Neetel Inside ニートノベル
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白川の娘の真奈が誘拐されたのは3週間ほど前のことである。もっとも、誘拐という言い方は誤解を招くかもしれない。真奈は白川の目の前で消えたのだから。「消えた」というのは文字通りの意味である。彼女が大好きなハンバーグを頬張った瞬間に、突如として床から消しゴムでもかけられたかのように真奈の姿は消えてしまった。白川と妻の美紀恵は驚きのあまり口を聞くことも出来なかった。犯人を名乗る男、草部から電話がかかってきたのは、それから10分ほど後のことだった。
「一度会って条件を話そう」
そう草部に言われた時、白川は酷く迷った。警察に相談するという選択肢は選べなかった。警察に限らず誰も信じてはくれないだろうし、そもそも自分でも半信半疑だった。ただ、今この男との連絡手段が断たれれば、真奈を取り返すことは出来なくなる。そう白川の直感は言っていた。

一升瓶が30本。それぞれに1000個の石を詰めれば、娘を返してやろう。そう草部は言った。
「全部合わせて1000個じゃないぜ、1本につき1000個だ。きっちり満杯になるように詰めるんだ」
正直、何を言われているのか分からなかった。これを終えれば娘が帰ってくるというのも意味不明だった。しかし娘の帰還に関しては、すがれるのはこの男しかいないのである。白川に選択肢などなかった。

石集めは、存外難航した。瓶の口から入る程度の小ささが必要だが、砂や砂利では1000個で満杯にするのは難しい。砂利と石の中間ぐらいが理想だが、生憎そんな微妙な大きさの石はそうそう売っていないのである。白川は、大きめの石をノミで砕くことにした。仕事も休んで、何本もノミを駄目にしながら、白川はひたすら石を割り続けた。娘の帰還だけを信じて。

瓶を渡すと、草部は大層な喜びようであった。「これで真奈さん以外にも多くの人が助かるかもしれない」などと言っていたが、白川は聞いていなかった。早く真奈をもう一度見たい。この腕に抱いて、温もりを感じたい。それだけだった。

真奈が戻ってきたのは、いなくなったのと同じぐらい唐突だった。突然食卓にじわっと実体が現れ、着地した。砂埃に塗れた娘の身体を抱いて、夫婦で涙を流して喜んだ。
「ずっと今まで、どうしてたの?」
美紀恵の問いに真奈は答えた。
「河原で、石の塔を作ってたの」
「石の塔?」
「逃げるのに必要だって言われた。でも結局、石の塔がまるごと落ちてきたから、積まなくて済んだのよ」

       

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