Neetel Inside ニートノベル
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帰りに道端に車を止めて星を眺めていたら、空から女の子が落ちてきた。
ドシッ、ともベチン、ともつかないような、嫌な感じの音が響く。自分の頭の中が揺らされたかのような低音と、肌を震わすような高音が同時に響き、生理的な嫌悪感が先に立つ。
どうしよう。こういうのって関わるべきか? まず確実に厄介事だ。そして私は一介の会社員に過ぎない。ヤバいと直感が告げていた。おうちに帰ろう。帰ってここの住所に119番を呼んで、それから
「おい」
それから……え?
目の前には倒れていたはずの少女はいなかった。いやいなかったのではない。
少女は私の前に仁王立ちしていた。綺麗な肌には一片の傷もない。地面にぶつかったことなどなかったかのようである。
「すまんが、どこか温かい物でもくれんかの?」
そういって、彼女は笑った。

缶コーヒーでも飲めば少しはマシになるかと思ったが、完全なる間違いだった。
「ということでフォーマルハウトに帰らなくてはならん」
と彼女は元気良く言った。コーヒーがお気に召したようである。言っていることは正直意味不明であったが、さきほど頭を強く打ったのだから仕方がなかったのかもしれない。しかし当時の私はそんなことは気にかける余裕もなく、いかにしてこのキ*ガイから逃れて熱い風呂に入るかを考えて悶々としていた。
「この熱い、コーヒー、だったか? よいものじゃ。親切ついでにもう一つだけ頼まれてくれんかの?」
頼まれたくない。しかし、どうせ断る意味はないのだろうと思わせる口ぶりだった。
「高いところに連れていってくれんか。展望台みたいなところがいい」
「そこで何をするの?」
「フォーマルハウトに帰るのじゃ。フォーマルハウトが見えるところでないと帰れんからな」
「フォーマルハウトはそろそろ沈むと思うけど」
もう冬の入りだった。フォーマルハウトは秋の一つ星と言われる一等星である。
「だから早くしてくれんかの」
少女はそう言って凄惨に笑った。

結局、車で天文台のある山奥の駐車場まで送ることになった。山道で外を眺めると、フォーマルハウトは沈もうとしているところだった。
「沈むの」
「残念だったね」
「何、もうここで良いわ。助かったぞい」
何言ってるんだと思いつつ後部座席を振り返ると、少女は消えていた。これが化かされるということなのか、と私は思った。
辿りついた駐車場で眺めた星空は、フォーマルハウトこそ沈んでいたが、久しぶりに綺麗な星空だった。

       

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