Neetel Inside ニートノベル
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「ここが言われてた海岸か?」
 ざんばら頭に作務衣姿、ぼうぼうに生えた無精髭のお蔭で表情は全く読めない。唯一その髪の隙間から除く鋭い眼光だけが、容貌も相俟って非常に強い印象を与えていた。
「ふむ……どうやらいないようだな。念の為にあちらも確認しておくか」
 男は砂浜を一瞥すると、そのまま向き直り、奥の防風林に足を進めていった。

 砂浜近くの防風林や防砂林と言えばクロマツが多いが、この林にはモミ、カシ、ブナ、ケヤキなど、およそ海岸沿いに造成されたとは思えないような類の植相が並んでいる。まるで水資源の豊富な山の中にある雑木林のようだ。ふと遠くに気になる物音を聞きつけ、男が足を止めた。慎重に近くの木の裏へと隠れ、音のした先をじっと見据える。
 白い着物を来た、肌も抜けるように白い女である。女は手に柄杓を持ち、それを空中につうと掲げてしばらく持つと、そのまま自らの身体にふりかけている。男は目を見開いた。あれは水浴びではない。雨だ。振り注ぐ小雨をその身に浴びて身を浄めつつあの柄杓の中に溜め、雨の当たりづらい部分に掛け水しているのである。男は空を見上げた。木の分厚い葉枝に陽光が遮られてはいるが、雲一つない青空である。
 男は小さく頷くと、音を殺して女の方へと向かった。

「そこな女子」
 女が振り返ると、一人の男がこちらを眺めて立っていた。作務衣を着て、ぼうぼうに生えた無精髭とざんばら頭の間から鋭い目つきがこちらを見据えている。女は薄らと微笑んだ。
「こんなに晴れていては暑かったことでしょう、こちらでお水でも一杯召し上がったら」
 女が柄杓水を差し出すと、男はフンと鼻で笑い、懐から薄く細長い布を取り出した。布は浮いているのか、フワフワと空中に漂っている。女の表情が変わった。
「そ、それは」
「お前の目論見と正体などとっくに検討がついている。その柄杓水で男の魂を抜き、天へ持ち帰ろうという算段だろうが、そうはいかんぞ」
「またですか……? また羽衣を取られて地べたで好きでもない男とくっつかなくてはならないのですか……」
「さにあらず」
 男が一声発すや否や煙が男を包み込み、次の瞬間そこにいたのは一匹の眼光鋭い狐であった。
「お前はその天気雨を降らせる能力によって我が里へ召し抱えられ、我が一族の結婚立会人として生涯独身で過ごすのだ!」
「いやー!! それなら人間と結婚する方がマシよ!!」

       

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