娘は両頬を膨らませて真面目な顔して黙り込んでいる。
「どういうこと?」
「どういうって、なにが?」
「とぼけないで。ちゃんと説明しなさい」
「分からないよ。何がどうしたっていうの?」
やれやれ。まずは状況を整理しよう。一言で説明すれば、『帰ってきたらパンの耳が消失していた』。うん、何のことか分からないな。もっと前から遡らないと。
発端は娘が半ドン授業から帰ってきたところからだ。
「あ、サンドイッチだ」
「うん。今日のお昼にしようと思って」
「なるほど」
娘はそう言うとまな板の上の大量のパンの耳をじっと眺めて、ポツリと呟いた。
「もったいないね」
「……そうだね」
普段はサンドイッチ専用のパンを使うことが多いので、パンの耳のことは計算外だった。
「何か考えておくから、あんたは着替えてきなさい」
「はーい」
クックパッドで『パンの耳』で検索すると、思った以上に色々なレシビがヒットした。中でもシナモンパウダーをまぶしておやつに食べるものがおいしそうに感じた。お昼の買い物のついでにシナモンパウダーを買ってくることにした。
「お母さん、ちょっと買い物行ってくるから。サンドイッチ勝手に食べちゃ駄目よ!」
「はいはい」
そうして買い物から帰ってきたら、パンの耳が消失していたというわけだ。
「別に怒らないからちゃんと言いなさい。食べたんでしょう? パンの耳」
「食べてないよ」
「嘘おっしゃい。じゃあその膨らんだ頬はなに?」
「これは、その、汗ですよ、汗」
「何が汗だ! ふざけてないでさっさと白状しろ!」
「あっ、あっ、駄目、お母さん、やめて!」
娘の手を払いのけて頬を両手で挟み込むと、娘の口からどろどろになった……プチトマトとレタスの残骸が出てきた。私は驚きのあまりのけぞって固まった。娘は涙目で溢れたものを口に詰めなおしている。
「だからやめてって……」
「あんた、それ、なに?」
「サンドイッチ。勝手に食べてごめんなさい! お腹すいて我慢出来なかったの!」
「いや、それはあんたの分も用意しておいたから……ってあたしの分!」
そうだ。パンの耳に気を取られて忘れていたが、サンドイッチも跡形もなくなっていたんだった。
「あんた全部食べたの? 耳まで?」
「いや、耳は冷蔵庫に閉まっといたよ」
「じゃあそっち先に食べなさいよ! あたしの分だと分かっておいて食うな!」