Neetel Inside ニートノベル
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 男が顔を幹から離して一息つくと、周りを取り囲んでいた人々が駆け寄ってきた。
「先生どうでしょうか、助かるんでしょうか」
「お願いします先生、なんとかしてやってくれませんか」
「まあまあ皆さん落ちついて、まだ『診察』の途中ですから」
 男は苦笑しながら群がる人々をなだめると、『患者』を見上げた。
 樹齢130年と言われる大銀杏の大木は、まだ秋も入口だと言うのにほとんど葉をつけず、まるで真冬のごとき風体だ。依頼主が言うには雌株だということだが当然実などついていようはずもなく、足元にも特有の臭いを放つ白い汚れは見当たらない。傍目には、枯れ木のように見える。
 男は群集の中に混じる依頼主を呼んだ。
「ここ一年を通して、この木の様子を教えていただきたいのですが」
「様子ですか。去年は多くの銀杏が実りして豊作でした。殻の中も充実しており、色も綺麗な翡翠色、味もいつも通り美味であったと記憶しています」
「そうですか。春先からはどうでしたか?」
「異変を感じたのは春頃です。例年は5月頃には緑の葉で覆われるのですが、今年は6月になっても枝が見えるほどしか発芽しませんでした。それも夏の間に茶色く変色して枯れてしまい、今となってはこれぽちしか残っていません」
「ふむ、だとすると妙ですな」
 男は首を捻った。
「大変申し上げにくいのですが、この木、既に枯れていますよ」
「……え?」
「それもこの春だの夏だの最近のことではなく、もっとずっと昔にですね。専門じゃないので少し分かりかねますが、30年40年ぐらいは前なんじゃないでしょうか?」
 男の言葉に、依頼主の顔色が変わった。
「そんな、毎年この木の紅葉を見てますし、銀杏だって食べてるんですよ。私がウソを言っているとでも言うのですか」
「そうは言ってませんが、しかし事実としてこの木は死んでいますよ。何か勘違いでもなされているのではないですかね」
「勘違い? 震災も戦争も生き残ってきたこの神樹を間違えたりすることなどあるはずがありません! 大体地元では精霊が守ってくれていると言い伝えられているのですよ。それを30年も前に枯れていたなどと」
「それだ」
 男はポンと手を打った。
「精霊のお蔭なんですね」
「え? なにがですか」
「毎年の紅葉や収穫が、ですよ。さっきから不思議だったんですよね。枝の上で辛そうに咳こむ子供がいるのが」

       

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