Neetel Inside ニートノベル
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「負けました」
腹の中から絞り出すようにして俺は言った。呻き声のようだ、と我ながら思った。
こんなに強い奴がいるのか、と思った。得意の角換わりを仕掛けて、途中まではこちらが良いと思った局面すらあった。なのに、決め手を欠いたまま巧みに逃げられ、気がつけば捻り合いに持ち込まれていた。
そこからはアイツの独壇場だった。髪一本差の差を爪一枚差に、爪一枚差を指一本差に段々広げられ、気がついたら敗勢だった。
後から聞いた話では、アイツの得意戦法も角換わりだということだった。俺の方がお前より上手く角換わりを扱えるんだ、と言われたような気がした。
僕の中学最後の大会は、こうして終わった。

それからが地獄だった。他ならぬ僕が、誰よりも僕を責め続け、苛んだ。その声から逃れようと、ひたすら将棋の勉強に打ち込んだ。プロの公開されている角換わりの対局を全部並べた。近所の将棋道場に通い過ぎて出入り禁止を食らいかけたこともあった。
全てはアイツに勝つためだった。あれだけ強いと奨励会入りしているかもしれない。また戦えるとも限らない。でも勝たないと、そうしないと、僕の手に、楽しい将棋は戻って来ない。そう直感が告げていた。
そんな僕の想いが通じたのか、僕はまた、アイツの前に座っていた。奇しくも、あの負けた日から丁度二年経っていた。

相手は僕のことを覚えているようだったが、お互いに言葉は交わさなかった。そう、交わすのは挨拶と駒だけでいい。
二年間の集大成をぶつけるのだ。そう勢いこんでいた僕は、相手の3手目を見て目を疑った。
6六歩。
こちらが角道を開ける前に角道を閉ざす手である。つまり、この将棋は角換わりになることはない。
目まいがした。こいつは復讐の機会すら、僕から奪おうというのか。あの勝利を、記憶を持って、勝ち逃げする気なのか。許せない。怒りに燃えて睨めつけたとき、あることに気付いた。
アイツの得意戦法も角換わりなのだ。なのに角換わりを避けた。つまりこいつは、こう言っているのだ。「お前とは角換わりでやったら負けるからやりたくない」と。
奴に、角換わりを捨てさせた。僕の二年間が、全国大会の棋譜が、そうさせたのだ。急に気分がふぅっと軽くなった。悠々とした気分で、僕は4手目を着手した。
試合には負けたが、僕は大満足だった。勝ち逃げどころではない。僕はアイツを敵前逃亡させたのだ。含み笑いする僕を、チームメイトが気持ち悪そうに見つめていた。

       

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