Neetel Inside ニートノベル
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 世の生人は死ねばすべての煩悩や欲求が消失し未練さえ消えれば成仏出来ると思っているようだが、死ぬというのも存外大変なものである。勿論、実際に物を食ったり人に話しかけたり出来るわけではない。そういう意味では生の軛からは解放されている。しかし、時折耐えがたい尿意に襲われたりすることはある。というか現在進行形で今すっごいおしっこしたいのだが。私はちらりと居間の方を確認した。トイレが見える位置に設置されたソファには、この部屋の主であるケンイチ氏が座っている。
 ケンイチ氏は幽霊とオカルト伝説に異常な恐怖を示す以外は至って健康な日本男子である。そんな彼がなぜ事故物件で地縛霊付きのこの部屋を借りたのかは全くの謎だが、せめて心霊現象など起こさぬようにと、入居当初から大層気を使って生活してきた。
 しかし、今回ばかりは限界かもしれない。ケンイチ氏が何故かトイレのドアを凝視しているため、トイレで用を足すには、心霊現象を起こさぬ必要がある。しかし、それには多大な集中力が必要だ。おしっこを我慢している最中に一切物音を立てぬようにトイレに行くことがどれほど困難かは説明するまでもない。
 しばらく待ったが、彼はトイレのドアの観察を今日の仕事に決めたらしく、視線は一向に外れない。例え心霊現象を起こしケンイチ氏を怖がらせることになったとしても、カーペットに黄色い染みを作るよりはマシであると判断し、私はトイレのドアに向かった。
 出来る限り音を立てないようにと念じながらドアをすり抜ける。途中までは上手くいったが、最後の最後で激しい尿意に集中が途切れ、「ヒュゴッ」という音が響いた。「ヒッ」という声が居間から聞こえた。
 個室は窓がないので暗い。見えにくいな、と思った途端に部屋が明るくなった。しまった。どうやら念で明かりを点灯してしまったらしい。居間の方からは突然明かりが点いたように見えるだろう。ゴトン、と何かが落っこちた気配がした。
 ここまでやらかしてしまえばもうヤケクソである。そのまま便器へ放尿のポーズ。「ジョボボボボ」という音が響き渡る。ああ、至福……。実際に出るわけではないので流したりはせず、そのまま退出。面倒なドアすり抜けなどせずに堂々とドアを開いて出ると、ソファの下で半目を剥いて仰向けになっているケンイチ氏と目があった。その下のカーペットには黄色い染みが……。私は酷く反省した。

       

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