Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 桜並木は七分咲きから満開といった感じで、特設されたぼんぼり型の常夜灯に照らされて大変に綺麗である。しかし花見に来る人というのは誠に因果なことに、基本的には酒を飲みどんちゃん騷ぎをしに来る。結果として、こうやって口を開けて桜並木を眺めている富岡のような人間は怪しい不審者だということになる。とはいえ、人間観察なんぞしていたら余計に怪しい存在なのでこれはしょうがない。
「どこ行ったんだよアイツ」
 独り言を呟くとその分怪しさが増すので、心の中で思うに留める。追加の酒を買いに行っただけのハズなのだが、もう1時間は戻ってきていない。直近のスーパーってそんなに遠かっただろうか。本人が「どうしても欲しい酒がある」とか言うから買い出しを任せたのだが……。喧騒の中で一人静かに座っているのも悪くはないが、流石に少し心配になってきていた。

 ふと、並木の奥の方にある桜の古株に目が止まった。古株の中から若木が生えて、蕾を2、3付けている。小さいのに、やけに存在感のある若木だった。前まで歩いていき、観察する。
 美しい木だった。若さゆえの瑞々しさが、葉や蕾、幹や枝に至るまで溢れている。花が咲いたらさぞ綺麗だろうと富岡は思った。きっと花びらの一つ一つに血が通っているかのようなハリとツヤが……そう、丁度こんな感じに……。
「あれ?」
 富岡は目をしばたいた。
 先ほどまで閉じていた蕾が開き始めていた。

「そんな馬鹿な……」
 回りの目を気にする余裕もなく独り言がこぼれる。その間にも蕾は目に見える速度で花弁を開いていく。触ろうとして手を伸ばしたその時、今度は富岡の足元がグラリと揺れた。思わずバランスを崩して尻もちをつく。

 足元から人の手が伸びていた。
「ヒエッ」
 富岡は今度こそ悲鳴を上げた。

 右手、右肩、頭、胸、左肩……地面から次々に人のパーツが姿を現していく。頭から土くれが落ちて顔が見えた時、富岡は完全に気が狂ったと思った。その顔は、買い出しにいかせたハズの後輩の及川だったからである。

 及川は完全に地面から這い上がると、完全に度肝を抜かれて何も言えないでいる富岡の前に立った。その手には缶や瓶の入った白いビニール袋を抱えている。
「すいません先輩、少し死んでました」
 笑って彼は言った。
「ちょっと地獄の果てまでいかないと、欲しい酒がなかったもんで」

       

表紙
Tweet

Neetsha