Neetel Inside ニートノベル
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 親父さんは相変わらず無口だったが、俺が詰問すると窮屈そうに閉店を認めた。
「歳なのは分かりますけど、急過ぎますよ。なんでいきなり」
「お前に言われる筋合いはない」
「いやいや、親父さんからしたら未熟者だと思いますけど、俺だって一応二十歳越えてますし……親父さんさえ良ければ修業させて欲しかったぐらいで」
 うっかり口を滑らせると、親父さんは胡散臭そうに顔を歪めた。
「お前、大学どこだ」
「W大ですけど」
「あーやめとけやめとけ。勿体ない」
 俺は少しカチンと来た。この人は大学名にかこつけて、適当なことを言って有耶無耶にしようとしている。逃がしてたまるか。俺は言った。
「そこまで言うなら俺に一ヶ月ください。月末までに一つ親父さんの技を盗んでみせます。もし俺が出来たら、正式に弟子にとって、ここを継がさしてください」
「いいだろう」
 完全に勢いだったし、認められるとも思っていなかったが、意外にも親父さんは首を縦に振った。「そう簡単に俺の技が盗めてたまるか」とは言っていたけれど。
 その日から、俺の修業生活が始まった。

 俺には勝算があった。懇意にしてるラーメン屋のオーナーに出汁の取り方を教えてもらっていたのだ。麺打ちは店独自のものだし一朝一夕でなんとかなるような世界ではないが、出汁は料理で共通の部分もある。もし親父さんのかえしを1%でも再現出来たら、出汁と合わせて認めてもらえる可能性はある。
 俺は必死に働いた。厨房での雑務は勿論のこと、これまでのバイトでやっていた注文取りや掃除なども手を引くことは許されない。それこそ目を回さんばかりの忙しさと言えたが、自分で決めたことだ。弱音を吐いたり、逃げることは許されなかった。

 そんな風に一ヶ月を過ごして、最後の営業が終わった夜。俺は親父さんに観察されながら、鞄から用意してきたかえしと出汁を取り出した。麺は打てないので親父さんの打った残りを使わしていただく。親父さんの前に器を出すと、緊張しながら沙汰を待つ。

 親父さんの手がゆっくりと動き、汁をすする。そして吐いた。
「お前馬鹿か。なんで鶏ガラで出汁取った?」
「あ」
 慌てて持ち込んだ出汁を確認する。持ってきたのは俺の取った蕎麦用ではなくてラーメン屋で貰った出汁だった。
「ラーメンがやりたいんだったらヨソへ行け」
 親父さんは器ごとシンクに投げ込んで厨房を出ていく。俺は何も言い返せずに、ただその背中を見ていた。

       

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